ヘレナ冒険録
[新たな旅立ち] 『私たち、現代に生きる者は過去から学び、また次の世代へとバトンを渡さなければならない。太古の魔物が復活してしまったみたいだが、私には心強い護衛、カーミルがついている』
「ラグルスは、瘴気を中和して健康になれたのよね? あの碑文を刻んだ後は、どうしたの?」
何事もなく坑道まで戻ってこれたが、カーミルよ、今悠長にそんな話をしていても大丈夫なのか?
「彼、ここを去った。坑道を全部掘って、冒険者に道を遺してからね。まあ、そのせいで、ルネラが趣味で集めていた財宝はほとんど残ってないんだけど……」
確かに、地下城には宝と言える代物はなかったようだ。【浄化の樹】のおかげでこの土地へ人間が住むことができるようになったのはいいが、盗掘目的で入ってくる輩もどうしても出てくるのだな。
「あ、ひとつ残ってるか。私は絶対に会いたくないけど」
「それって、もしかして話に出てきた……」
「幻獣ラクシュミ。いち冒険家の手には余るわ」
こればっかりは冒険家だけでなく、墓荒らしも手が出せなかったのだろう。いつの日か、この強大な力を持った幻獣を再び友とする者が現れるのだろうか。
「それで、ラグルスは結局どうなったの?」
「一度、犬猿の仲のエルフと交わったドワーフは、仲間と交流を絶たれるっていうけど……。一生をかけて、このゴロノアの資源採掘や環境整備に尽力したみたいね。それで有名になって、ディルマギアからの招きもあったみたいだけど……。『ここに吹く風が好きだ』って断り続けて、老衰で死んだ」
このラグルスというドワーフは、種族の持つ技術やプライドを異種族との友情のために使ったわけだ。生涯、決してぶれることなく。
「ここに吹く風……きっと、友だちになったエルフの夫婦のことだね」
「そうだと思う。ずっと……忘れなかった」
さあ、出口はもうすぐそこというところで現れたぞ。死霊として復活した魔物、アッシュサウルスを倒し、外の世界へと戻ろうではないか!
「絶対にこの結果、持ち帰らないとね。書くんでしょう、【ヘレナ冒険録】!」
このカーミルという女剣士、自分では気づいていないのかもしれないが、ヘレナと同行することによってかなり強くなった。なぜ彼女がそうまでして強くなろうとしているのかはわからないが、戦闘中でもただがむしゃらに戦うだけでなく、相手の弱点と自分の長所をうまく合致させるような洞察ができている。この若さでたいしたものだ。センスがあると言ってもいいだろう。それに、誰かを守りながら戦う、というのは相当に実力がないとできないものだ。それが、今回の同行での一番の気づきなのではないかな、カーミルよ。ヘレナももちろん強くなった。安心して前衛を任せられる人間がいたからこそ、銃の技術を磨くことができたのだな。なんだかんだ、相性の良いパートナーだったようだ。それにま、吾輩としても女性二人と探索ができて非常に満足である。
――っと、そうこうしているうちに、倒してしまったようだな。本当にたいしたものだ、二人とも。今回も吾輩の出番はなかったようだ。
「ありがとう、カーミル。あなたのおかげで、私だけの冒険ができた。最初のしゃべりかたはちょっと面白かったけどね」
「その話はもういいでしょ。こっちにも色々あるのよ」
ま、いろいろあるのだろうな。君が帝国と絡んでいることは、見て見ぬふりをしておこう。
「でも、嬉しかったよ。戦いの前に言ってくれたこと」
「【ヘレナ冒険録】?」
「うん。私、ずっとモンタナにあこがれるばっかりで、自分の冒険をしなかった。彼のことは尊敬しているけど、過去ばかり向くんじゃなくて、未来を見なきゃダメだよね」
よく言った、ヘレナよ。その通りだ。尊敬結構。だが、憧れを超えて、尊敬を超えてこそ、人の想いは濃く積み重なっていくのだ。
「次はどこに行くの?」
「どうしようかな。モンタナの足跡はだいたいまわったから……。異種族のこと。調べてみるかな。冒険ロマンの予感だわ」
そうだ。まだまだ世界には、様々な人間や種族の物語がある。一生かけても、明かしきれないくらいの、な。
「忘れないでよ。あなた、ひとりじゃ危なっかしいんだから。ちゃんと護衛や用心棒を雇ってね」
「うん、そうする。それで、【ヘレナ冒険録】を、大々的に出版するんだから」
「楽しみにしてるよ。……行ってらっしゃい」
「また、ね。冒険ロマンのあるところに、私は必ずいるから」
いよいよカーミルともお別れか。楽しかったぞ、有望なる女剣士よ。お互いにまだ若いし、志もある。またいつか、会うこともあるだろう。
「さて……私も、次の任務か。どこだったかな……」
さらばカーミル。君は君で、これから先苦難の道にも遭遇するだろう。国家絡みの仕事をしていれば避けられないことだ。それでも、今回の冒険の、知らなかったことを知ることの喜びも忘れないで欲しい。さあ、我々も行こう、ヘレナよ!