ヘレナ冒険録
[女頭領メルセデス] 『海賊船に忍び込み、なんとか出航したはいいものの、運悪く海賊に見つかってしまう。危うく海に放り出されそうになったが、そこに一人の女性が現れた。彼女がこの海賊船を取り仕切っているらしい』
「アンタ、何者だい? この船が海賊船と知ってて乗ったわけじゃないだろうねえ!」
この威圧感……。なるほど、あらくれ共が付き従うのもうなづけるな。
「私は冒険家ヘレナ! あなたがこの船の船長さんね! お願い、話を聞いて。どうしてもゴロノアに行きたいの。普通の船はあの大陸に行ってくれないでしょ? だからこの船なら……海賊船ならきっと行けないところはないと思って」
「冒険家? アタイら海賊は、そんな道楽には付き合えないねえ! こちとら、命を懸けて毎日を生きてんだ」
「私だって! 道楽なんかじゃない! 冒険ロマンに命懸けてるわ! 密航は……悪いと思ってる! でも他に方法がなかったのよ! お願い、私をゴロノアまで連れて行って!」
ヘレナもまったく気後れしていない。あのヘレナがね……。海賊船に乗り込む勇気もたいしたものだが、この女頭領を前にしてもしっかり自分の意志を通している。吾輩、嬉しいぞ。
「へえ……。アタイらに囲まれてなお、そんなこと言えるのかい。いいだろう。それじゃあ、試させてもらうよ! アンタのその意志が本物かどうかを」
「試す?」
「そうさ。もうすぐこの海域の主が現れる。そいつと戦ってみな!」
「いいわ! こんなとこでへこたれない! やってやるわ!」
おいおい……大丈夫か、ヘレナよ。大見得を切るのはいいが、今までまともに戦ったことないだろうに。いきなり海域の主とやらと、まともに戦えるのか?
「さっそくお出ましだよ! あのでっかいイカ野郎さ!」
「うう、おっきい……。でもロマンのためには仕方ない! やってやろうじゃない!」
この頑丈な海賊船もギシギシと音を立てて揺れ始める。巨大な水棲モンスターの触手がこの船めがけて伸びてくる。ヘレナは腰元のホルスターから二丁拳銃を取り出すと、姿勢を低くして構えた。
「へえ、鉄砲かい! だけど、そんな小さい弾じゃあダメージを与えられないよ!」
銃は、力も弱い、魔力もないヘレナが選んだ唯一戦える武器である。だがこの巨大モンスター相手では、この女頭領の言う通り、致命傷を与えるのは難しいだろう。
「今日は逃げるわけにはいかない。……私の先生に教わったこと。『相手が巨大な場合、必ず小さな急所を狙うべし』。つまりこの魔物の急所は……」
うまい! 休む間もなく執拗にモンスターの目を狙うことで、触手が守りに徹している。――が、このままでは……。
「うそ……。弾切れ……」
ヘレナよ、よくやった。正直、ここまで戦えるとは思わなかったぞ。あとは吾輩に……。っと、怒り狂ったヤツの触手が一斉に襲いかかってくる! 間に合わぬか――!
「喰らいな! 海王斧!!」
凄まじい勢いで戦斧を回転させながら切り込んでいく女頭領。さすが、海上での戦闘を心得ているな。巨大イカの触手を弾き飛ばしながら本体へとダメージを与えていく。あと少し……というところで渦を巻きながら海中へと逃げていった。
「ちい! また逃がしたかい!」
巨大な戦斧をぐるぐると回し、どんっとデッキに置くと悔しそうに女頭領は言った。
「あの……ありがとう。でもどうして? 私を試すんじゃ……」
ぺたんとデッキに座りこむヘレナ。女頭領はくるりと振り返ると、豪快に笑いながら彼女に向かって言った。
「試させてもらったさ。合格だよ!」
「でも……倒せてない」
「アタイは戦ってみなって言ったんだ。アンタの度胸を見たかったのさ。それにさっきのシュトロームって化物はアタイらの獲物。そうやすやすと渡しゃしないよ」
そう言ってヘレナに手を差し伸ばす女頭領。彼女は海賊らしい豪快さはあるが、どこか品の良さを感じる。
「そ、そう……。良かった」
大きく安堵のため息をもらしながら差し伸ばされた手を取るヘレナ。実際、君はよくやったよ。
「アタイはメルセデス。ヘレナ……だったね。さっきは道楽なんて言って悪かったよ。アンタの覚悟は本物のようだね。だけど、ゴロノアなんて瘴気だらけの大陸にわざわざ行きたいだなんて、変わってるねえ」
「冒険家、だもの。そこにロマンがある限り、絶対に諦めないわ。それに私だけじゃなくて、あなたもなんで海賊の頭領なんてやってるの?」
ヘレナの質問に、一瞬顔が険しくなる女頭領メルセデス。おっと、これは野暮な質問だったかもしれないぞ。
「アタイだってね、好きでやり始めたわけじゃないんだ。……いや、よそう。らしくないねえ。ヘレナ、明日の早朝にはゴロノア付近に到着するだろうから、そっからは小舟で行きな」
そう言ってメルセデスは踵を返すと、船室に向かって歩いていった。
「……なんか悪いこと、聞いちゃったのかな。明日の早朝……。よし!」
ヘレナはぐいっと帽子のつばを引っ張ると、思いきり潮風を浴びるように大きく伸びをした。さて、この癖が出たということは、何か考えているな。