ヘレナ冒険録
[メルセデスの過去と決意] 『シュトロームという巨大な魔物と戦闘のすえ、どうにかゴロノアまで運んでもらえることになった。しかし、助けてもらったのに、どうやら彼女、メルセデスの気に障ることを言ってしまったらしい。このままでは、私の気も晴れない』
「なんだい、姉ちゃん! あんたも一緒に飲みたいのか?」
夜になると海賊たちが集まって宴を始めたようだ。ヘレナはまず子分たちのところへと向かった。
「私、お酒はちょっと……」
「そうだよな! また吐かれても困るしな!」
海賊たちはそう言って大笑いした。こいつら、若い娘に対してなんてデリカシーのないことを……。
「そんなことより、彼女……メルセデスのことについて聞きたいことがあるの」
ヘレナがそう言った途端、酔っぱらっていたはずの野郎共が次々と語り始めた。
「あんたな、いくらおかしらが認めたからって、あんま首を突っ込むのはよくねぇぜ!」
「そうだそうだ! おかしらはな、俺らとは違ってできた人なんだ」
「俺らみたいな行くあてのない人間を食わしてくれてるんだ!」
「それに、美人でめっぽう強い! 俺は一生ついて行くぜ!」
ますます盛り上がってきたな。こいつらに聞いても埒があかないぞ、ヘレナよ。
「これは直接聞いた方が良さそうね。彼女と手下たちとでは何かが違うようだわ……」
ヘレナは盛り上がる宴の席を後にすると、女頭領の船室へと向かった。
「メルセデス、入るわよ」
おっと、昼間の威厳はどこへやら。なんだかしおらしい後ろ姿ではないか。
「なんだい、何の用だい? アンタに話すことなんて、もう何もありゃしないよ」
「そんなこと言わないで、メルセデス! あなたの手下たちはみんなあなたを慕ってる。あなたは普通の海賊とは何かが違うと思うの。なぜあなたのような人が……ううん。そんなこと聞きたいんじゃない。私も反対を押し切って家を出たの。あなたは、なぜ船に乗っているの?」
昼間の質問とたいして変わっていない気はするが、ヘレナなりに気をつかってはいるな。
「そう……。やっぱりアンタは自分の意志で歩いてるんだねえ。アタイはね、この船しか残されなかった。だから、この船に乗ってるのさ」
「それは、どういう……」
「アタイが生まれた家はね、元々オルデリオンでも指折りの豪商だったのさ。海路の覇者とまで言われた時代もあったそうだ。それが……、みんなアイツのせいさ。今日戦ったシュトローム! アイツに、すべてを奪われたのさ。船も宝も、そして……家族も……」
「家族も……?」
「そうさ。幼かったアタイだけ、船に乗せてもらえなかったから生き残ったんだ。父親も母親も兄貴も……。なんでアタイだけ残して、みんな逝っちまったんだろうね。家も他人の手に渡ったさ。金持ちってのは汚いもんさ。誰も管理ができないとわかった途端、今までへこへこしてた連中が手のひらを返したように奪い合ってたよ。残ったのは小汚い船が一隻だけ……と」
そう言うと、メルセデスは棚の方に歩いていき、大きな木製の円盾を持ってきた。
「思ってたんだがね。この船の中からこれを見つけたのさ」
「随分古い盾ね。考古学的な価値がありそう……」
「案外、あるかもしれないよ。裏を見てみな」
円盾を渡されたヘレナは盾の裏側に文字が刻んであるのを発見した。
「ええっと……『大海へ出よ! 男のロマン、そこにあり! オーリ』……これって、もしかして伝説のバイキング、オーリのこと!?」
「まあ本物かどうかはわからないけど。ただ、パパが……いや、親父がことあるごとに言ってたのさ。『我が家の財はご先祖様の賜物だ』ってね。だから、アタイはその言葉を信じて海にでることにしたのさ。かつて世界中の海を荒らしまわったオーリのようにね。もっともアタイは、男じゃなかったけどね」
そう言ってメルセデスは豪快に笑う。ふむ……強さの陰に、悲しみあり、か。
「どうだい? 馬鹿げた話だろう?」
ヘレナは古い盾を持ったまま、ぷるぷると手を震わせている。
「そんなにおかしかったかい」
「ううん!! 違うの! メルセデス、きっとこの盾は本物に違いないわ! 冒険家の私が言うんだから、信じていいわよ!」
「冒険家、ねえ。そうは言ってもまだ駆け出しだろう?」
「そう。私はこれから自分の足で歩んでいくの。メルセデス、私もね、モンタナっていう伝説の冒険家に憧れて冒険家になったの。生まれた場所も境遇も違うけど、私たちは同類よ! 伝説を伝説で終わらせない……。今の時代の私たちにしか、できないことがきっとあると思うの!」
ふふっ。言うじゃないか、ヘレナよ。
「アンタ……。アンタもそうなのかい。こんな偶然もあるもんだねえ」
「海賊行為は好きじゃないけど……。あなたはきっと、ううん。絶対オーリを超える海路開拓者になるべきよ!」
「海路開拓者……。この飛空艇の時代に、なんかそういう古臭いのも良いかもしれないね」
「そうよ! こんな時代だからこそ、あなたは海路の覇者になれるはずだわ!」
熱いヘレナの想いに当てられたな。女頭領さん、目に涙を浮かべてるじゃないか。
「ふふっ。ありがとよ、ヘレナ。まさかこんな形で、家業復興することになるとはね」
「メルセデス!」
「決めたよ! アタイは海路の覇者を目指す! アンタは世界最高の冒険家を目指す! アタイらは海と陸で、新しい時代を創っていこうじゃないか!」
「うん! 約束する!」
ここでも、新しい約束を交わしたようだな、ヘレナよ。そう、今の時代は君たちのものだ。真っ直ぐに歩んでいってくれ!