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Theobroma ――南の島で1

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 どうして、オレを真っ直ぐに見つめるのか。
 その物言いたげな琥珀の瞳は、いったい何を言わんとしているのか。
 眉根が寄って苦しげに伏せられた瞼に、オレはどう応えればいいのだろうか?
「シロウ……」
 額に口づけて身を固くするこいつに、オレは何がしたいのか?
 閉じた瞼を舌でなぞり、首を竦める姿が初々しくていい。
「アーチャー、あの、っん!」
 何かを訊こうとする口を塞ぐ。
 何も答えられない。
 オレは、こいつに何も答えられず、何も言えない。
 苦しいと思うのは、なぜだ。
 オレは、こいつを追い出そうと思っているのに、どこかで、やめたいと思っている。
 こいつを傷つけたりするのは、できれば回避したいと思う。
 何も知らずに島を去ってくれないだろうか。
 オレが、オレたちがやろうとしたことを、何も気づかず、何かの事情で、この島を出てはくれないだろうか。
 そんな勝手なことを思う。
 もう、後戻りなど、できはしないというのに。
 苦しくて、こいつを抱き寄せる。
 ためらいながらオレの頭を撫でる手が、優しくて温かい。
 懐かしい人を思い出す。
 オレを育ててくれた人を、オレに優しかった人を……。



「あー、これなら、漁のが楽だぁー」
「確かになぁ」
「毎日、カカオ、カカオ、って、あいつ、うっせーのなんのって!」
「んっとだよ! チョコレート、たって、ガキのお菓子じゃねーか」
 チョコレート生産の愚痴がはじまった。
 正しくはチョコレートの原料となるカカオマス生産なのだが。
 船小屋――今は焙煎小屋に併設されたデッキで、休憩時間だった。
「そーいやさぁ、もう半年以上過ぎたんじゃねぇ?」
「ほんとだ!」
「おーい、どうするよー、アーチャー」
「何がだ?」
「何がって、奴のことだよ」
「ああ、そうだな」
「もしかして、ほだされちまったぁ?」
 揶揄するマハールの頭をこついた。
「そんなわけがあるか」
「だよなぁ」
「で、いつにするんだよ? 種明かし」
「チョコレートもさ、もう、島の人間で作れっだろ。あいつ、いらねーし」
「……そうだな」
 オレが頷くと、
「なあ、どうやって種明かしするんだ?」
 ケーディが楽しそうに訊いてくる。
「まだ考えていないが……」
「なあなあ、ヤっちまう寸前っての、どうだよ?」
 ルーリーが調子よく言う。こいつは、ハーブ酒の呑み過ぎだ。
「おー、いいねー! その気にさせて、ひん剥いたとことか?」
 ケーディも調子づく。
「そんなんなったら、次の日出てくよなぁ!」
 話がだんだん下世話になってきた。
「オレに、そこまでやれと言うのか?」
「アーチャーもちょこっと楽しめばいいだろー?」
「楽しいわけがあるか、男だぞ」
「んでもあいつ、童顔だし、小っせぇし、ガキだと思えばいいんじゃねぇ」
「お前ら、変態だな……」
 呆れて言えば、
「アーチャーだって、人のこと言えねぇだろー?」
「何がだ?」
「ほら、前に、おばさんがやって来た時、散々なことしてたじゃねーかぁ」
「ああ、あれは、あのマダムがしゃぶりたいと言うからやらせていただけだ」
「よっく言う! 顔射とかしたくせにぃ」
「でも、アーチャーにベタ惚れの、あのおばさんでも半年はもたなかったよなぁ」
「今度の奴は、根性あるよな」
「けど、まあ、アーチャーがネタ晴らししたら、すぐだろ」
 ガタッ! ガタタッ!
「なんだ?」
 何かおかしな音がした。それに、物が落ちる音もした。
「中で?」
 顔を見合わせ、音のした方へ顔を向ける。
 焙煎小屋の中のようだ。今は機械が止まっているため、中には誰もいない、静かなものだ。
 出入り口に回り込み、小屋の扉を開けて息を呑んだ。
「……シロウ?」
 焙煎機の側で工具を掻き集めている。
 いつから、いた?
 オレたちの話を、聞いていた?
「焙煎機は、手入れしないと機嫌を損ねちゃうからさ」
「シロウ、その……」
「あ、っと、もう少し、休憩、して、て」
 たどたどしい島の言葉でオレたちに言う。
 ああ、そうだった、こいつは島の言葉はほとんどわからない。
 ほっとした。
 オレたちのあんな話を聞けば、こいつは傷つくだろう。
 それをオレは知っている。
 傷つくとわかっていて、オレは……。
「アーチャー? 休憩だろ? なに突っ立ってんだ?」
 ターグに促される。
「あ、ああ」
 焙煎機の手入れに勤しむ姿から無理やりに視線を剥がした。


「来ないな……」
 夜の浜で奴を待ってみるが、いっこうに現れない。昨日も来なかった。
 いつの頃からか、毎夜、ここで奴と会う。
 示し合わせたわけではなく、約束をしたわけでもない。
 それでも、夜が更け、島が眠りについたころ、オレたちは夜空の下で会っていた。
 気が向けばキスをして、抱き寄せて、それに応える奴にオレは安堵して……。そんな夜があるかといえば、ただ朽ちかけの木舟に腰を下ろし、何かを語り合うわけでもないが、触れるまではいかない距離と、触れなくてもわかる熱を感じていた夜もある。
 毎夜のことだったから、奴が来ないと少し気になる。
 日中に見かけた時は疲れた様子だった。今日はもう休んだのかもしれない。踵を返し、家に戻る途中、前は消えていた奴の小屋に灯りが点いていることに気づき、そっと近づく。
 電話をかけているのか、声が聞こえる。
 英語でもないことから、奴の母国語のようだ。
 聞いたことのないような声で怒鳴っている。
 窓の隙間から覗くと、テーブルを拳で打ちつけた横顔が見えた。
 見たことのない表情。
 奴はいつも温和な顔をしていた。こんな、怒りを露わにしたような顔など、この島では、嫌がらせを受けても見せなかった。
 軽く衝撃を受けた。
 オレが、奴のことを何も知らないということに。
 オレの見ていた奴は、ほんの一面であることに……。



***

 焙煎小屋に併設されたデッキ部分で島の若者たちが休憩しているみたいだ。
 その間に焙煎機の手入れをしておこうと、彼らには声をかけずに小屋に入った。
 休憩の時くらい、俺の顔を見たくないだろうし。けっこう、彼らには厳しく指導したから、恨まれてるかもしれないし。
 だけど、俺はカカオマスを作ることに関して妥協は一切しない。
 島の若者も、子連れの女の人にも、興味本位から手伝おうとしてくれる子供たちにも、やるからには徹底して指導した。
 文句を言われるのは百も承知だ。これは遊びじゃない、ビジネスだから。
 焙煎小屋のテラスでは、さっそく愚痴がはじまったみたいだ。
「毎日、カカオ、カカオ、って、あいつ、うっせーのなんのって!」
「んっとだよ! チョコレート、たって、ガキのお菓子じゃねーか」
 はは、やっぱ、そう思うよな。
 だけど、チョコレートは子供のお菓子だけじゃない。今や世界でも引く手あまたの食品だ。
「そーいやさぁ、もう半年以上過ぎたんじゃねぇ?」
 なんの話だろう?
 半年?
 ああ、俺がこの島に来て、半年も過ぎたってことか。
「おーい、どうするよー、アーチャー」
 あれ? アーチャーもいたんだ。
 どうするって、なんだろう?
 若者たちの声を聞きながら焙煎機の手入れを続ける。
作品名:Theobroma ――南の島で1 作家名:さやけ