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Theobroma ――南の島で1

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 不意にその瞳が逸れて、青年の褐色の首筋が見える。
「え……?」
 目尻に触れた温かく柔らかい感触。
「どうした、何を泣いている?」
 驚いた、なんてもんじゃない。
(なんで?)
 この島の若者は、俺をバカにしていて……。
(えっと、なに? これ?)
 目尻にキスとか、初めてされた。
「シロウ?」
 それに、なんで、俺の名前?
 確かに自己紹介はしたけど、誰も俺に見向きも、興味すら示さなかったじゃないか。
 なのに、どうして俺の名前、知ってるんだ?
 頬を撫でる硬くてごつごつした手が、働き者の手だと気づく。その手がとてもあったかいこともわかる。
 島の若者たちは、なんだかんだ言っても、この島の働き手であって、この島の未来を担っていく者であって、この島に住む人たちにとっての希望であり、宝なのだとわかる。
 だからこそ俺も、ここでちゃんと夢を叶えたい。それが、いずれはこの島が世界に通じる貴重な島になると思うから。
 そのために俺は、すべてをかけるつもりなんだから……。
「シロウ? どうして、泣いている?」
 優しく聞かれて、声が出なくなった。
 止まっていたはずの涙が、ボロボロ落ちていく。
「ど、どうした? シロウ?」
 青年が困っている。
 泣きやまなきゃ、なのに、全然止まってくれない。
「Are you OK?」
 俺が何も答えないからか、青年は英語で訊いてくれた。
「I’m……okey……」
 どうにか答えて目を拭う。
「シロウ?」
 心配そうな青年に顔を覗き込まれて、どうにか笑って返した。
「あ、あり、が、と、う」
 現地語はまだ上手く話せないけど、どうにか言うと、
「英語でいい。君もその方が話しやすいだろう」
 英語で言われて頷いた。
 聞き取りは問題ないけど、話す方が俺は上手くないから、ちゃんと伝わらない。意思を疎通するなら、まだ英語の方がやりやすい。
「英語、話せるんだな」
「本国のホテルで仕事をしていたからな」
「そっか」
 そういえば、彼はどうしてここに来たんだろう?
「あ、あの、な、何か、用があったんじゃ……?」
「ああ、そうだった。これを渡しておこうと思ってな」
 青年は手に持っていた布袋を差し出してくる。
「えと……?」
 差し出された物を見て、青年を見上げる。
「足を引きずっていただろう? ケガをしているんじゃないかと思ったんだ」
「え……」
 森から帰る時は誰にも会わなかったし、誰にも言っていないのに、彼は俺の歩く姿を見たんだろうか?
「今朝、遠目だったが、ここに入っていく姿が見えた」
 彼は俺の浮かべた疑問を察してくれたみたいだ。
 それにしても、目がいいんだな。俺は彼の姿を見た覚えもないのに。
「あ、ありがとう」
 うれしくて、また泣きそうだった。
 俺をバカにする若者もいるけど、そうじゃない若者もいるんだ。
 布袋を受け取ると、青年は床に膝をつく。
「あ、あの! なに、して?」
「どこだ?」
「え?」
「痛むのは、どこだ?」
 そんなことを訊いてどうするんだろう?
「えっと、右の足首だけど? それが、なに、へっ? ちょっ、え?」
 青年は、俺の靴を持って脱がそうとする。
『い、いだだだだだだ!』
 足首が腫れて簡単に脱げない。俺が叫んだことで手を止めた青年は首を傾げる。
「ご、ごめん、いいよ。痛いから、自分でする、から」
 青年の好意を無碍にできず、英語で説明すると、
「す、すまない、紐を、緩めるから」
 青年は謝って、靴ひもをほどく。
「い、いいって、じ、自分で、できる、から、」
 俺の制止を無視で、青年は俺のトレッキングシューズを脱がしにかかる。
『いっ!』
 靴は脱げたけど、靴下の上から見てもわかる腫れ具合だ。
「けっこう酷いな……」
 靴下を脱がされ、布袋の中から取り出した膏薬のような物を塗ってくれる。昨日は野宿で、まだ身体も拭いていないのに、青年は平気で俺の足に触れる。
「い、いいよ、自分でするから、俺、汚れて――」
「しばらく動かさない方がいい」
 俺の言うことなんか無視で、さっさと包帯を巻きながら青年は言う。
「あ、あの、あり、がとう、何から何まで」
 止めても無駄だとわかり、もう青年にされるがままだ。
「シロウは島のために来たんだろう? だったら、大事な客人だ」
 あれ? 俺、そんなこと言ったっけ?
 俺は、夢を叶えたいんだって言ったけど、この島のためとか、そんな大それたことは言ってないはずだけど……。
 俺の話すこの島の言葉が間違っていたのか?
 そんな誤解を生むようなことを言ってしまったんだったら、ちゃんと訂正しておかないと。
「島のためって、そんな大げさなことじゃなくて、ただ、俺は一緒に――」
「細かいことは、いいじゃないか。オレは、シロウが来てくれたことがうれしい」
「え……?」
 細かいことって、大事なことだ。
 俺がこの島に来た理由はちゃんと理解してもらって、それから、俺を受け入れてくれるかどうかは、島の人に委ねることだから。
「そ、そうじゃなく――」
 ちゅ。
「へ?」
 頬に熱くて柔らかい感触。
 俺の頬に青年の唇が……。
『な! ななななっ!』
 ビックリして、青年の肩を押し返した。
「な、なに、して?」
「ん? したくなったんだ」
「し、したくなったって……、俺、男だけど?」
「ああ、知っている」
「知ってるって、え?」
 なに言ってんだろ?
 この、えっと、あれ?
 そういえば、名前も知らない。
「あ……っと、えっと、あの、な、名前は、なんだっけ?」
「アーチャーだ。よろしく、シロウ」
 俺の手当てを終えたアーチャーは、立ち上がって振り返り、お大事に、と言って小屋を出ていった。
「あれ? なんか、今の……」
 どこかで見た気がする。
 あの振り返った横顔、森の池で見た、幻の……。
「まさかね……」
 一瞬湧いた考えを振り払った。


「シロウ!」
 その日の夜、夕食を作ろうと、テーブルに置いたカセットコンロで湯を沸かしていると呼ばれた。
「え? アーチャー……?」
 驚いていると、開け放った扉をノックしている。
 順番が違うと思う。まず、最初にノックだと思うんだけど……。
「あの、なに? 薬はまだ――」
「夕食を持ってきた」
「え?」
「食べよう」
 俺の言うことなど無視で、アーチャーは部屋の真ん中あたりに置かれた、俺が湯を沸かしているテーブルに、持っていたプラスチックのカゴを、でん、と置く。
 カセットコンロが揺れて、湯気の立つ湯がこぼれそうになる。
「わ! ちょっ、と、あぶないって!」
 慌ててカセットコンロの火を消した。
「シロウは何を食べるんだ?」
「え? 何って、あれ」
 部屋の隅に置いた、蓋の開いた段ボールを示す。中にはぎっしりレトルト食品とカップ麺が入っている。
 それを覗き込んでから戻ってきたアーチャーの眉間に深いシワが刻まれている。
「あんなもので生活しているのか?」
 アーチャーが呆れたように言う。
「あ、うん。自炊する時間があるなら、調査の方を進めたいし。一応、一年分くらいはあるから、どうにかなるし……」
「一年っ?」
 アーチャーが驚いて俺を見た。
「あ、うん。無くなったら、また買いに――」
作品名:Theobroma ――南の島で1 作家名:さやけ