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Theobroma ――南の島で2

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 彼女は昔のことだと笑っていたが、オレは笑うことなどできなかった。
 それは、オレが……、オレたちがやったことと、同じではないのか?
 彼を追い出すために思わせ振りな態度で近づいて、陰で笑って、バカにして。
 彼が真剣だからよけいに可笑しくて、調子に乗って……。
 呆然と自分のしたことを省みる。
 彼は素直で、オレを疑うこともせず、嫌がらせを受けてもオレに気づかれないようにと気を配り、彼がオレに夢中になればやりやすいと思って過剰に触れれば、彼はそれを受け入れ……。
 彼がどういう気持ちでオレを受け入れていたかは知らない。だが、オレは彼に信用されていた。彼はオレを心から信じてくれていたはずだ。それを、オレは……。
(オレにも、島民にも彼は裏切られて……)
 彼は、どんなにか傷ついたことだろう。オレの言葉や態度に……、オレが仲間と話していたことに……。
 あの時、焙煎小屋のテラスで、オレたちが笑って話していた内容を彼は理解していたのだ。夜に浜へ来なくなったのは、確かあの日から……。
(そういうことだったのか……)
 オレは何も知らず、彼の態度がおかしいのは疲れているからだと……。
 いや、そう思い込みたかっただけじゃないのか?
 彼は何も知らないと、オレは……。
「はあ……。どうしようかしら、士郎がいないんじゃ、この島も価値がないわね」
「な……、ど、どういう意味だ!」
 さすがに聞き捨てならない。この島の価値がないなどと、彼女に言われる筋合いはない。
「言った通りよ。私は、いえ、我々遠坂グループは、士郎の作るカカオマスを求めているの。この島のカカオと士郎がいて、初めてこの島は価値を見出だせるのよ。士郎がいないんじゃ、意味がないの」
 あっさりと彼女はオレたちの島を吐き捨てた。
「しようがない。士郎自身に話した方が早いわね。士郎にどこか新しい場所でカカオマスを作ってもらわないと! じゃ、お邪魔さま。時間取らせちゃって悪かったわ。あとは間桐のボンボンとでも話をつけてね」
「ま、待て! シロウに、他の場所でカカオマスを作らせるということか? そんな勝手が許されるものか! この島はシロウが買い取って――」
「ええそうよ。士郎が全財産とすべてを懸けて買った島よ。だけど、その士郎を捨てたのは、あなたたちでしょ?」
 全財産と、すべて……。
 反論できなかった。
 彼女の言う通りだ。
 オレたちが先に彼を裏切って……。
 いや、オレたちは、彼を何も理解しようとしなかった。
 はじめから彼の話すら聞かなかった。彼は、島に来た日からずっとオレたちに話そうとしていたのに、オレたちは……。
「シロウの所に連れていってくれ」
「何を言ってるの? そんな義理も責任も、私にはないわ」
「頼む。シロウに謝りたい。シロウをここにまた――」
「無理よ」
「必ず説得して――」
「士郎を連れ戻すこと云々の話じゃないわ。今さら遅いのよ」
「遅い?」
「信用を失った商品は、もう売れないってことよ」
「信……用……」
「あなた、何か勘違いしてない? 士郎はただのプランテーションに来た商売人とは違うのよ。士郎のカカオマスがどれだけの価値があって、その商品の信用度を得ているかって、知らないの? その信用を存分に壊しておいて、今さらこの島に士郎が戻っても、なんの意味もないのよ。そんなことさせて、士郎を埋もれされるなんて、私はしたくない。だから、あなたに士郎を連れ戻されるなんて過ちは犯さない」
 島に価値がないと言われ、散々に罵倒されても、腹は立たなかった。
 彼女の言うことは最もだと思うし、オレたちのしでかした過ちも否定できるものではない。
 ただオレは、このまま彼と会えないのは嫌だと思った。
 オレがしたことを謝って、島の者に代わって謝罪もしたい。オレたちが踏みにじってしまった彼の想いを……。
「オレは、彼に謝りたいだけだ、だから、居場所を教えてほしい」
 連れ戻すも何も、オレたちにそんな資格はもうないのだ。
「謝ってどうするっていうのよ。もうあなたとは関係ないでしょ?」
「……オレも傷つけたからだ。彼を、……彼のトラウマを、」
 パンッ!
 乾いた音が響き、頬に響く痛み。
「最っ低っ!」
 踵を返したトーサカリンを追う。
「居場所を!」
「教えるわけないでしょ! あんただけには、絶対教えない! それに、士郎はあんたにだけは、一生会いたくないはずよ!」
「だからこそだ!」
 彼女の肩を掴んだ。
「どういう意味よ?」
「このままでは、彼は、誰も信じられなくなるのではないか? 女性に対しても、オレのせいで男に対しても、それでは、対人恐怖症になってしまう」
「それは、あんたがっ!」
「だからっ! ……だからこそ、向き合いたい!」
「な……」
「許してもらえるまで、謝り続ける! シロウが、誰かを好きになれるまで!」
「っ……、そんなの、いつになるか、わかんない話よ」
「かまわない」
「ど、どうするっていうのよ、あいつは日本にいるのよ?」
「日本に行く」
「馬鹿なこと言わないで! あんたなんかが日本に行ってものたれ死ぬだけでしょ!」
「馬鹿にするな! そんな簡単に死ぬものか!」
「……言ったわね?」
 こめかみを引きつらせた彼女が、残酷な笑みを見せる。
「ほんとに連れて行くだけよ、あとは自分でなんとかなさい。それから、私は士郎をこの島になんて絶対戻さないから!」
 啖呵を切った彼女に望むところだ、とオレも受けて立った。



「さむ……」
 トーサカリンの会社の人間に、この古びた建物の前で車から降ろされた。二階建てのこの建物の二階、一番奥の部屋がシロウの住む場所だとオレに言い、彼女の部下は早々に引き上げていった。
 彼の家だという部屋の、古びた板を貼り付けたような扉の前にしゃがみこんで寒さをどうにかしのいでいるが……。
(本当にこんなところに人が住んでいるのだろうか?)
 上がってきた階段などボロボロで錆びきっていて、今にも崩れ落ちそうだった。
 カン、カン、カン、と、その錆びた階段を上がってくる足音がする。
 そちらへ顔を向けた。
 目が合った。驚きに見開かれた目に宿る琥珀色の瞳。
「シロウ……」
 五、いや、六ヶ月ぶりだろうか、その瞳を見るのは……。
 立ち上がり、彼に向き合う。
「シロウ」
 立ち止まったままの彼の前まで歩み寄ると、彼は後退った。
「シロウ?」
 また一歩下がる。大きく一歩を下げて踵を返そうとした。
「シロウ!」
 逃げられる前に引き寄せて抱きしめる。
 身を固くした彼に胸の辺りが疼いた。
 カン、カン、カン、と、また階段を上がってくる音がする。誰か他にもその階段を上がってくる者がいるのだと気づくとともに、身体を押されていく。
「シ、シロウ?」
 そのままオレがしゃがんでいた所まで押されて、慌ただしく鍵を開けた扉の中に押し込まれた。
「シロウ……、その、」
「靴、脱いで、上がって」
 言われるままに、靴を脱ぎ、草を織り込んだような床に上がる。
 シロウに座れと示唆され、応じた。
 お茶しかないけど、と言われて頷く。
 小さな水差しのような物は電気ポットのようだ。
 部屋を見渡すと、馴染みのない造りで驚く。
作品名:Theobroma ――南の島で2 作家名:さやけ