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Theobroma ――南の島で2

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 そんなこと、ひと言も話したこともないのに、どうして、遠坂は全部知ってるんだろう……。
「はあ……。遠坂には、何もかもお見通しなんだな」
「ええ。お見通しよ。あんたがホントは島に帰りたくて仕方がなかったことも、その理由も」
「理由?」
「ええ」
 遠坂は自信満々で大きく頷く。
「そりゃ、カカオマスは――」
「アーチャーでしょ?」
「え?」
 ぎくり、とした。
 遠坂は何もかもを見透かしたような顔で俺を見ている。
「なんで……、そんなわけ……」
「いいヤツだものね?」
「は? 遠坂にそんなの、わかるわけないだろ?」
「わかるわよ。あんたが許してくれるまで謝り続ける、なんて言ったのよ? そんなこと、学生の頃にあんたをからかってた連中が言ったことあった?」
「ない、けど……」
 遠坂は何が言いたいんだろう?
 アーチャーは俺のことをからかってただけなのに……。
「それに、いい男よね」
「え……」
 遠坂の言葉に呆れるどころか、ざわざわ、と胸が騒いだ。
「顔もいいし、スタイルも抜群。あれは、モテるわ……」
「う、うん……」
 俺も思ってた。ルックスはかなり上位だと思うって……。だけど、改めて遠坂に言われると、なんだか落ち着かない。知人を褒められてるんだから、喜ぶべきことだと思うのに……。
 なんでだろう、喜べない……。
「なんで結婚しないのかしらね? 島では引く手あまたでしょ? ねえ、士郎?」
 にっこりと笑う遠坂の顔を見ていられなくて俯く。
「な、なんで、そんなこと、俺に、訊くんだ……」
「そういう話、したことないの? 男同士なんだから、あの子がいいとか、そういうの、少しくらいあるでしょー?」
「な、ないよ、そんなの、俺は、カカオのことしか、頭に、ない、から……」
 アーチャーとそんな話はしたことがなかった。どんな女の子が好みとか、普通の男同士の会話ならあるはずのことが、俺たちにはなかった。
 そもそも、俺もアーチャーも互いに踏み込んだ話とかは、したことがない。
 一緒にいるだけで、俺はカカオの話とか島の話はしたけど、他のことは全然だった。今までどんなふうに生きてきたのかとか、そんなこと、どうでもよかった。
 半年くらい一緒にいることが多かったはずなのに、アーチャーの好みとか、俺は何も知らない。
 俺が知っていることといえば、ごつごつした掌の感触、肌の熱さ、低い声、夜に見せる強引さ……。
(なんだよ、それ……。俺、アーチャーのこと、なんにも知らないじゃないか……)
 なんだか胸が重くなってくる。
 遠坂が変なことを言うから、アーチャーのことを何も知らないこととかに気づいて、アーチャーが島の女の子と一緒にいるところとかを思い出して、なんだか、胸が苦しくて……。
「ねー、アーチャーって、決まった相手がいるのかしら?」
「へ? え? さ、さあ?」
「なぁんだ、知らないのー? 見た感じだと、特定の子はいないみたいに見えるんだけどなぁ。だったら、私が手を出しても問題ないわよね?」
「えっ? あ、え?」
 遠坂が、アーチャーに、手を出す?
(は? なに言ってんだ、遠坂?)
 血の気が引いてくる。
 俺、別に、アーチャーの友達でもないし、ただの島の住人ってだけで、俺が、こんな気にするとか、そわそわするとか、しなくていいはずで……。
「ふふ……、ごめん、ごめん」
 なでなで、と遠坂が頭を撫でてくる。
「な、なに、してるんだよ……」
「冗談よ」
「な、何が――」
「アーチャーに手を出す、とかよ。そんなに青くならないで」
「別に、俺……」
 知らず視線が落ちる。
 浜辺の砂が月明かりでキラキラしている。足元の砂を見ながら、ますます気が滅入ってきてしまう。
 アーチャーが誰と何をしてどうこうなろうと俺には関係ないはずなのに、その光景を思うと胸が苦しい。
「ぐずぐずしてると、誰かのものになっちゃうわよ」
「と、遠坂? なに、言ってるんだよ、俺、男だぞ? それに、誰かのものって、アーチャーは物じゃないんだから……」
「そういう意味じゃないわよ。あのね、男でも女でも、人を好きになるってことは、大事なことよ。あんたみたいなのは、特にね。あんたは間違ってない。今までは見る目がなかったけど、あいつはいいヤツよ、私が保証する。だから、ダイジョブよ」
「何が、大丈夫なんだよ……」
「大丈夫、大丈夫」
 遠坂はいつまでも俺の頭を撫でていた。


「間違ってない、か……」
 月夜の浜辺は波の音しかしない。遠坂は港に停泊した自前のクルーザーに戻った。
 揺れるから船に寝泊まりするのは好きじゃないって言ってたけど、島にはホテルなんて無いから仕方がない。
 慎二のところには絶対に厄介になりたくないって言っていたし、もう、じゃあ、勝手にすれば、ってことで港まで送った。
「は……」
 また浜辺に戻って、遠坂の言葉を思い返す。
 アーチャーはいいヤツだって、そんなこと、俺も知ってるよ……。
 だけど、間違ってないってことはないと思う。
 アーチャーにもきっと好きな人がいるんだろうし、そろそろ結婚するんだろうし……。
 この島の婚期は二十代前半らしいから、アーチャーはもうギリギリってところだろう。この島の若者の中でも半数以上は子持ちだそうだし……。
 未婚で適齢期の若者は十人に満たない。だとしたら、時間の問題だ。
「あ、でも、アーチャーは本国にいたこともあるし、あっちに恋人とか……」
 考えれば考えるほどドツボにハマっていく気がする。
 ますますため息がこぼれる。
(最近、あんまり会ってないな……)
 カカオマスの生産で忙しいのもあって、食事を持ってきてくれた時しか顔を見ない日もある。
 港で見かけることもあるし、元気そうだってことは知っている。
 島に戻ってから、アーチャーとは一緒に食事をしていない。今日は遠坂の分も食事を持ってきてくれたのに、すぐに帰ってしまった。もしかしたら、一緒に食べてくれるのかもって期待したのに……。
 島に戻ってから、漁にもカカオマスの生産にも、アーチャーだって忙しいはずのに、わざわざ食事を持ってきてくれる。
 だけど、一緒に食べることはなくなった。
 俺も忙しいけど、ご飯くらい一緒に食べてもいいんじゃないかって思うんだけどな……。
「あ……」
 そうか、避けられてるのか……。
(俺と一緒に、いてもな……)
 きっと罪悪感が募るだけだろう。許してもらうまで謝るとか言っていたから……。
(怒ってなんて、ないんだけどな……)
 許すとか、許さないとか、そんなこと、俺はどうでもいい。
(ほんとは、謝ってなんてほしくなかった……)
 アーチャーが謝るのは、やっぱり、その気もないのに思わせぶりなことをしてって、ことなんだろう。
 だけど、俺にとっては、夢みたいな日々だった。
 だから、謝られたくない。
 アーチャーが思い余ってやってしまった行動だと思いたい。
 謝られると、それが嘘だったって、ほんとに夢だったんだって現実を突きつけられて、苦しくなる。
「謝ってなんて、ほしくない……」
 あの時間が間違いだったなんて、勘違いだったなんて、証明されたくない。
「そんなこと言ったら……、アーチャーは困るだけだろうな……」
作品名:Theobroma ――南の島で2 作家名:さやけ