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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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冬の使者きたりなば

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 そうして無事に飛空都市へと戻って数日が経過した。
 今日もルヴァの執務室へと足を運んだアンジェリークは、部屋に入るなりハンマーを片手にしたルヴァを見て固まった。
「失礼しまーす。……ルヴァ様、何をしてらっしゃるんですか?」
 ルヴァは布に包まれた何かの塊を叩き割っていたようで、手を止めてにっこりと微笑んだ。
「ああアンジェリーク、いらっしゃい。あなたがこの間くれたサルトゥス・アダマティカスをね、お茶にしてみようと思いましてねー。こうして、大まかに砕いていたところで」
 言いながらガンガンと叩き割っている図はなかなかにシュールな光景だった。
「大陸ではその塊ごと大鍋でじっくり湯がいてましたよ。そうしてふやけたらそのうち手で割れるって……」
「ええ、そのほうが楽なんですけれど……それだと大量にお茶ができてしまうんで、もったいなくて」
 大まかに砕いたかけらを今度はコーヒーミルに入れ、ガリガリと粉砕していく。
「実際に飲んだことがないのでどんな味か調べてみたら、ウーロン茶のような感じらしいんですよ。あなたは大陸で飲んでみました?」
 ふるふると首を横に振るアンジェリーク。
「いえ……帰り際にぽんと手渡されただけでしたから」
 ルヴァは細かく粉砕したサルトゥス・アダマティカスを茶筒へと移し替えて、乾燥剤を放り込んでいる。
「じゃあこれから一緒に飲んでみませんかー?」
「あっ、はい。いただきます」

 それから手際よく淹れられたお茶を、恐る恐る口に含むアンジェリーク。
「……癖らしい癖はないですね。苦くもないし、なんかすごく普通のお茶……」
 道具を片付けて戻ってきたルヴァが、ようやくお茶を口にする。
「ほんとですねえ。さっぱりした味わいで飲みやすいですね。胃腸の調子が悪いときに飲まれたりするようなんですけど、これならブレンドもしやすそうです」

 そこへノックの音が響いて、夢の守護聖が姿を現した。
「やっほーっ。おやアンジェ、ここにいたんだ。ねえルヴァ、悪いんだけどこの書類、急いでチェックして欲しいんだけど」
「はいはいー、ちょっと待って下さいねー。あなたはお茶でも飲んでいて下さい……ああ、ありがとうアンジェリーク」
 アンジェリークはオリヴィエが入ってきたときすぐにティーポットに残っていたお茶を注ぎ入れていた。
「ありがとーアンジェ。なあに〜? もうすっかり勝手知ったるなんとやら、ってカンジじゃないの〜!」
 そう言って茶化した後、早速出されたお茶へと口をつけるオリヴィエ。
「ん、これ何のお茶? 大した癖はないけどあんまり飲んだことのない味だねェ」
 くいと片眉を上げてティーポットの蓋を開け中を覗き込むオリヴィエへ、ルヴァが書類へと視線を走らせながら声をかけた。
「原種はチャーガという希少なキノコです。これはエリューシオンで採れた近縁種のサルトゥス・アダマティカスですが、これもチャーガとして流通しているようです」
「キノコのお茶なの? へー、でも全然臭くないんだね。体に良さそう」
「ええ。キノコの中でも特にβ-グルカンや食物繊維が豊富で、癖がないのでウイスキーや焼酎と割ってもいいそうです……はい、終わりましたよー」
 ルヴァはチェックし終わった書類をオリヴィエに手渡し、再びティーカップを片手にくつろぎ始めた。
「ありがと、助かるよ。そういえば、この間は二人で大陸に行ったんだって〜?」
 二人の仲はどうなってんのー、とルヴァを肘でつついてみせるオリヴィエに、ルヴァは平然と答えた。
「このキノコが採れたってことは、白樺の林があるはずだと思いましてねー。こちらから頼んで同行させて貰ったんですよ。ね、アンジェリーク」
 はにかんで頷くアンジェリークを優しく見つめるルヴァ。
「そうそう、ちょうど紅葉が見事な時期だったんですけどね、そこに綿虫がいっぱい飛んでいたんですよー。初めて見たんですけど、とてもきれいでしたよー!」
 嬉しそうに両手をぽんと打ち合わせ、笑顔を見せるルヴァと対照的に、オリヴィエの顔が陰った。
「…………綿虫? あのふわふわ飛ぶ白いやつ?」
「おやご存知でしたか。ああ、そういえばあなたは寒い地域のご出身でしたっけ」
「うん、よーく知ってるよ。雪虫とかシーラッコとかユキンコとかしろばんばって呼ばれてる、翅生えたアブラムシね」
 オリヴィエの身も蓋もない説明に、ルヴァとアンジェリークが固まる。
「あれって、アブラムシなんですか……?」
「そ。寒くなってくると定期的に大量に出てくるのさ。目とか鼻にどんどん入ってきちゃうから、もーすっごく迷惑だった。……あれって、きれいなの?」
 渋い顔でずび、とお茶をすするオリヴィエ。なんとなくしょげているアンジェリークを慰めるべく、ルヴァが慌ててフォローに入る。
「た、確かに近くで見るとアレでしたけど。遠目にはきれいだったと思いますよ?」
「あいつらが出るとさ、それから割とすぐに雪が降るわけよ。あーまた嫌な季節がきたな、って……あ、ごめんね。二人のいい思い出に水を差すつもりはなかったんだけど……ほんとごめん。じゃあ私はそろそろお暇するね。お茶ご馳走様」
 オリヴィエは美しい顔を引きつらせながら慌ただしく執務室を後にしていった。

 それからルヴァはみるみるうちに涙目になるアンジェリークへのフォローに追われた。
「ルヴァ様……雪虫がアブラムシってほんとですか……?」
「え、ええ……」
 当然ながらその正体を知っていたものの、アンジェリークを落胆させないようにとわざわざ伏せておいたのに余計なことを、とルヴァは密かに歯噛みした。
「で、でもっ、私はきれいな光景だったと思っていますよー。あなたと一緒に見られて、とても幸せな時間だったんですから。ね?」
 腕の中に半泣きのアンジェリークを閉じ込めて、よしよしと頭を撫で倒す。
「オリヴィエはね、あの光景も恐らく生活の一部に含まれていたんだと思うんですよ。私だって砂漠を見ても大変さまで一緒に思い出してしまいますし。だから悪気はないんです、そう落ち込まないで」
 あれやこれやと言葉を重ねてみても、アンジェリークは浮かない顔のままだ。

 結局すぐに言葉が尽きてしまい、ルヴァはアンジェリークの額にそうっと唇を押し当てて両の頬を包んだ。
「いいじゃありませんか。他の誰が何と言おうと、あれは二人だけの思い出なんですから」

 記憶にしっかりと刻まれた幻想的な白の世界を瞼の裏に思い起こしながら、ルヴァは金の髪に頬を寄せた。


作品名:冬の使者きたりなば 作家名:しょうきち