冬の使者きたりなば
アンジェリークの腕がぎゅうとルヴァの体を抱き返した刹那、体の内側を甘い痺れが突き抜けていく。
しかし先ほどの告白にはあらがあると気づき、慌てて言葉を付け加えた。
「念のため言っておきますが、そのう……えっと。こ、恋人として、傍にいて欲しいって意味ですからね」
「は、はいっ……わたしも、ルヴァ様のお傍にいたいです。あの……そっ、そういう意味、で」
互いにしどろもどろになりながら、真っ赤な顔で見詰め合った。
そうして暫くして、ゆるりとルヴァの頬が上がった。
「林檎みたいになっていますよ、アンジェリーク」
言われたアンジェリークのほうは一層はにかみつつも、負けじと言い返す。
「そういうルヴァ様は耳まで真っ赤ですよ?」
「でしょうね。柄にもないことばかり言ってしまいましたから……でも」
アンジェリークの肩に顔を埋め、耳元へ口を寄せた。
「もう我慢するのはやめにしました。これからは心置きなくあなたを求めますから、覚悟していて下さいね」
左側から至近距離で聞こえたいつもよりも低く落ち着いた声音が、アンジェリークの心拍数を一気に加速させていく。
「ル、ルヴァ様っ……それ、卑怯ですよっ……!」
「うん? 何がですか……? おや、もしかして耳が弱点だったりします?」
このときルヴァは悪戯を思いついた少年のような顔になっていたが、アンジェリークの視界には入らない。
両想いとなったことで安堵したのか、ルヴァは更に大胆な行動に出た。
愛し気に柔らかな金の髪を手櫛で優しく梳きながら、左耳に口を寄せたポジションのままで名を呼ぶ。
「アンジェリーク」
穏やかな優しい声の中に含まれた熱がアンジェリークの思考をかき乱す。
ただ名前を呼ばれただけだというのに、ありふれたこの名前がとても特別なものであるように思えてくる。
「な、んですか」
普通に返事をしようとしたが、思わず声が上擦った。どきどきと高鳴る心音がいつまでもうるさい。
アンジェリークの髪越しにルヴァがゆっくりと頬ずりをして、万感の思いを込めて先ほどは言えずにいた一言を口にする。
「愛しています……」
ルヴァとしては、これまで散々押し込めてきた思いの丈を言葉にしたに過ぎない。
だがアンジェリークにとってこの愛の囁きはあまりにも直球過ぎたために、体から全ての力を失わせるほどの威力を伴っていた。
かくんと膝から崩れ落ちるアンジェリークを咄嗟に抱きかかえ、ルヴァはその腕に力を込めた。
「だ、大丈夫ですか? アンジェリーク」
涙目になりながらアンジェリークはルヴァへと視線を向けた。
「誰のせいですかー、もうー……」
そんなアンジェリークの言葉に、ルヴァはとても幸せそうな笑みを浮かべて周囲の景色へと視線を流した。
夕暮れの陽射しの中で綿虫の群れがまだふわふわと舞っていた。
鮮やかな紅葉を背景に舞い散る粉雪のような幻想的な眺めに魅入れば、夢とうつつの境が分からなくなってくる。
「近くで見ると微妙ですけれど……こうして遠目にぼんやり見れば、ほんとうに雪のようできれいですねぇ」
「本物の雪もきれいですよ……って、ルヴァ様なら知ってますよね、こんなこと」
照れ臭そうに頬を掻くアンジェリークへと注がれる、いつも通りの温かな視線。
「いえいえ、実物はまだ見たことがないんですよ。ですから、この次も同行させて下さいねー」
次に来るときには、また季節が移ろっているのだろう。
時折その現実が胸を締め付けるけれど、生まれ故郷で平凡に暮らしていたなら知り得なかった風景にも出会える経験は得難いものだ。
守護聖としての生活がもたらしたものは、決して悪いことばかりじゃない。
そんな思いがふとルヴァの頭をよぎった。
「……ありがとう、アンジェリーク」
ぽつりと呟かれた言葉に、アンジェリークがきょとんとした顔になった。
「さあそろそろ戻らないと。もうすぐ日が暮れてしまいます」
そう言ってルヴァはアンジェリークの小さな手を取り、繋いだ手をコートのポケットへ突っ込んだ。
「手が冷えちゃいましたね。このまま歩きましょうか」
「は、はいっ」
色とりどりの落ち葉を踏みながら、二人は白樺の林を抜けていく。
道すがらアンジェリークの手が温度を取り戻しても、ルヴァは手を放さずに歩き続けた。