Lovin' you 2
世の母親というものはみんなこんな不思議な体験をするんだなぁと、どこか他人事の様な感想を思い浮かべる。
「さっきの貧血だけど、怪我によるものだけじゃなくて、妊娠によって血液の濃度が薄くなったのも原因だと思うから鉄剤を処方するよ」
アルはテキパキとカルテを作成していく。
そしてふとアムロの腕に残る注射痕に目を留め、その手が止まる。
「アムロ…。君は研究所で何かしらの薬物を投与されていたんだよね?」
その問いにビクリと身体を震わす。
そして小さく頷くと、アルは少し考えてから話を続ける。
「もしかしたら身体に何かしらの薬の影響が残っているかもしれない…。もし出産が帝王切開になった場合、麻酔をしなきゃいけないんだけど種類によっては拒否反応が起こる可能性がある。」
その言葉にアムロは動揺を隠せない。
その様子にアルは「大丈夫だよ」と微笑み、軽く頭を撫でる。
「少し採血して調べれば使える薬品が特定できるからね。」
手早く採血をすると、その腕に脱脂綿をあてテープで留める。
「さぁ、検診はこんなところかな。
疲れただろ?そっちのベッドで横になってていいよ。」
笑顔でそう告げるとアルは医務室を出て行った。
コンコン、と艦長室のドアをノックする。「どうぞ」という返事を聞くとアルは扉を開け中に入る。
艦長室では厳しい顔つきのハヤト艦長とクワトロ大尉が艦長席と備え付けのソファにそれぞれ座っている。
「お話は聞こえていましたよね?」
クワトロ大尉の向かいのソファに腰を下ろし、作成したカルテをテーブルの上に置く。
クワトロ大尉はカルテを手に取りパラパラと中を確認する。
アルは一つため息を落とすと呟く。
「なんと言うか…、ひどい話です。」
二人は何も言えず沈黙する。
「ニュータイプの遺伝性を調べる為とはいえ性経験も無い女性に人工授精とは…。連邦の研究者は彼女を人だと思っていないんですかね。」
非道な行いに怒りが込み上げる。
「それにしても…。まずは、あのアムロ・レイが女性だったという事に驚きました。ハヤト艦長はこの辺りの事情をご存知なんですよね?」
アルのその問いにクワトロ大尉も口を開く。
「ああ、それは私も聞きたかった。
1年戦争当時、アムロは少年兵の制服を着ていたと思うのだが…。」
同時に二人の視線を受け、ハヤトは思わず一歩引いてしまう。
「ああ、まぁ、あれはアムロのトコの家庭の事情というか…。」
ハヤトは指で頬をポリポリ掻きながら話し始める。
「家庭の事情?」
「ええ。アムロは父親と二人暮らしだったんですけど、連邦の技術士官だった父親はかなり多忙で、殆ど家に居ない状態だったんです。それで女の子が家に一人でいるのは心配だからと、アムロに男の子として振る舞う様言いつけていたんだそうです。」
「はぁ…。」
あんまりな理由に二人共言葉が出ない。
「まぁ、アムロ自身当時はガリガリで女の子らしい体型とは程遠かったし、軽く引きこもりなメカオタだったんで、あいつが女の子だって知ってたのは幼馴染みの私とウチの妻くらいでしたね。」
「しかし、戦争中、長期間同じ艦に乗っていたクルーは知っていたのでは?」
「ええ。最終的には主なクルーは知っていたと思います。勘の鋭いミライさんやセイラさんは直ぐに気付いた様ですが、ブライトなんか全然気付かなくて…、出撃したくないって愚図るアムロをブン殴ってましたよ。流石にあの時は焦りましたね~。」
その話の内容にクワトロは『ブライト!』と怒りに拳を握るが、己もサイド6でアムロに会った時は完全に少年兵だと思っていた事を思い出し握った拳を下した。
「しかし、正直"産みたい"と言うとは思いませんでした。」
アルは膝の上で腕を組み、クワトロ大尉が手にするカルテを見やる。
「はじめはかなり戸惑う…というか恐怖していようですが、一旦受け入れてしまうと女性は強いですね。」
先程聞こえてきたアムロの言葉を振り返りハヤトは思う。
「家族…か。私も妻もアムロもあの戦争で家族を亡くしていますからね。やはり家族というものに憧れはあると思います。ただ、出産となると男には分からない未知の領域ですからねぇ。」
複雑な気持ちを抱きつつクワトロはカルテをめくり、血液検査の結果を確認する。
「ドクター。血液検査の結果はどうだ?」
「まだ、細かい検証が必要ですが、全体的に薬品に抗体が出来ているようで、薬の効きにくい状態だと言えます。下手をするとアナフィラキシーショックを引き起こす可能性があります。薬品の使用にはかなり気を付けなければいけませんね。一体どんな実験をされていたのか…。」
その問いにハヤトが重い口を開く。
「1年戦争中にも既にジャブローで健康診断と称して何かしらの実験はされていたようです。本格的に始まったのは戦後1年程経ってからで、オーガスタ研究所に隔離された約二年間、アムロが心肺停止で意識不明の重体に陥るまで続けられていたそうです。」
「戦争中から!?彼女は最前線で戦っていただろう?そのパイロットに実験だと!!」
クワトロ大尉は怒りを露わにする。
「ええ、栄養剤と称して何か薬も飲まされていました。これはセイラさんが気付いて服用を止めてくれましたが…。研究者にとって戦争は他人事だったんでしょうね。」
『くそっ!連邦はニュータイプを何だと思っているんだ!こんな事になるならばあの時ア・バオア・クーで強引にでも連れて行くべきだった!!』
クワトロ大尉は怒りを机にぶつける。
そのクワトロ大尉を見てアルは少し驚く。
クワトロ大尉が元ジオンのシャア・アズナブルだという事は周知の事実であり、連邦のアムロ・レイとは命を奪い合う闘いをする相手だった筈だ。その彼がこうまで怒りを露わにするとは…。
彼にとってアムロ・レイとは好敵手であり、最愛の女性を殺された仇。けれどそれ以上の何かがある様な気がする。…そういえばさっきキスしてたな…。彼にとってアムロ・レイとはどういう存在なのだろうか…。
複雑な気持ちで目の前のスクリーングラスの男を見つめる。
「とりあえず、今後の事を考えましょう。」
ハヤトはクワトロ大尉の肩をポンと叩くと地図を広げる。
「これからヒッコリーに向かい、そこにあるシャトルでクワトロ大尉とカミーユを宇宙に上げます。衛星軌道上にアーガマが待機していますので回収してもらって下さい。
本当はアムロも追っ手から逃がすために宇宙に上げたいところですが、旧式のシャトルなので今の身体であのGは…。ひとまずアウドムラで保護ですかね。」
クワトロ大尉が微かに眉をしかめる。
「ヒッコリーでカイ・シデンと連絡が取れると思うので彼の伝手でアムロを安全な場所へ匿ってもらいます。」
「了解した。それでは私は少し休ませて貰う。」
そう言うとクワトロ大尉はカルテをアルに手渡し、艦長室を後にする。
残された艦長室ではハヤトとアルが複雑な表情でクワトロ大尉が出て行った扉を見つめる。
「クワトロ大尉、アムロを宇宙に連れて行きたそうでしたね。」
「ドクターもそう思うか?」
「ええ。シャトルに乗せられないと聞いて不満そうでした。」
「…そうだな。しかし、いつも冷静な大尉があんなに感情を露わにするとは思わなかった。」
作品名:Lovin' you 2 作家名:koyuho