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青の洞窟

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「ふぅ・・・」
 ようやくひと段落がついたのを機に、一気に虚脱状態に陥る。これ以上頭を回転させるエネルギーなど髪の毛の先ほども、残っていなかった。 
 各地に四散している聖闘士たちを束ね、率いることは想像以上に困難ものだった。実際、一部の聖闘士は明確に叛旗を翻すかのように無視を決め込み、思うように動かず、苛立ちを募らせる原因となっていた。
 教皇という仮面・・・権力だけでは決して勤まらぬ役目を担うのは他の誰でもない自分自身。それが少なからず恨めしいとさえ、思えるほどでもあった。
 強力なカリスマ性、統率能力を持つ者でなければ聖域の頂点には立てるはずもないものを強引に奪い取った地位。なぜこんな下らぬ地位を欲していたのか・・・浅はかな行動に心底、侮蔑の心が侵食する。


 ―――従わぬ者がいるのも、仕方のないことなのかもしれない。


 そう、思いながら、ちっぽけな世界を手に入れ、頂点に立ったと喜び勇む、もう一つの己自身を嘲笑う日々を送る。そして、己という個を特定する名を呼ばれなくなって久しいことに気付いた時、喩えようも無い無力感と寂しさに苛まれた。


 ―――誰でもいい・・・私の名を呼んでくれ。

 
 この世界で私はただひとり、孤独なのではないのだということを示して欲しかった。原罪が己にあったとしても、私という個がこの世界で存在していることを・・・誰かしらに表わして欲しかった。
 だが現実は誰にも打ち明けることの出来ぬ罪を抱え、独り生きている。それはたとえようもなく耐え難いものであり、燈る火のない螺旋の階段を降りていくような絶望でもあった。
 夕闇に支配された教皇の間の一室。
 灯りをつけることも忘れたまま、ぼんやりと重怠い身体を椅子に任せて陰鬱とした心に満たされていた時、静かに声をかけてくるものがあった。
「―――教皇?」
 ハッと顔をあげ、目の前に立つ聖闘士を見る。
 見覚えのある聖衣。だが、それを身に纏う者が一瞬、誰なのか判らなかった。取り繕ったように厳しい声で返してみせる。
「何用か?おまえを聖域に呼んだ覚えはないが・・・シャカよ」
 かろうじて、身に纏う黄金聖衣から乙女座聖闘士の名を記憶の底から呼び出すことに成功したのだった。
 まだ己が双子座聖闘士のサガと呼ばれていた頃―――見知った乙女座聖闘士は他の同年代の者に比べ身体も小さく、幼かった。しかし今、目の前に立つ少年・・・いや、青年へと成長の途中にあるその者はすらりとした長身に青少年特有ともいえる純粋で鋭利な小宇宙を身に纏い、華美とまではいかないまでも、近付き難く神聖な美しさを放っていた。それは心地よさとは裏腹に不快とさえ感じるほどのものである。
「御側付きの従者より、教皇のお加減が宜しくないようだと耳にしたもので・・・杞憂であればご挨拶のみにて去る予定でしたが・・・何事か・・・お心を煩わしておいでのご様子と御見受けいたしましたが」
 冴え渡る声が響く。
 この者はこんな声をしていたのだろうか?そんなどうでも良いことを思いつつ、尊大に受け答えする。
「それはそれは。まったくもって大きな世話だ。おまえごとき小僧に解消できることではない」
 感に触る小宇宙に苛立ちながら、優しさの欠片もない言葉かけをする己。教皇たるもの、全ての者を敬い、慈しむ精神とは遠くかけ離れた行為に我ながら苦笑をする。
 それほどまでに余裕を失くしているのだということを自ら暴露しているようなものだった。
「・・・・差し出がましいことを申し上げました。それでは私は退散いたしましょう」
 心無い言葉にも顔色ひとつ変えることもなく、鉄面皮で淡々と返したシャカは軽く会釈をして踵を返した。


 もしも、その時・・・。


 そのままシャカを引き止めることなどせずに見送っていたら、狂おしいほどの想いに焦がれ、想いを残したままこの世界を去ることはなかったのだろう。けれども、私は声をかけた。
 自らが罠に陥ったとでもいうべきかもしれない。
 シャカの手が扉に差し掛かった時、ふと思い立ったことを実行したくなって、呼び止めたのだ。
「――待て」
 扉に手をかけたまま、静かにシャカは顔だけ振り返ると、微かに困惑した表情を浮かべながら、身体を向きなおした。
「何か」
「・・・そう急かずともよかろう。せっかく聖域に戻って参ったのだ。しばし逗留するがよかろう」
「お言葉を返すようですが・・・私はいまだ修行の身。役目なくば、この地に身を留めおくことは無駄にしかなりません」
「無駄・・・か。なるほど。ではおまえに果たせることを・・・ひとつ、授けよう。それならば、文句はあるまい?」
「文句など・・・ございませんが・・・」
 不信感とでもいうのだろうか。シャカは僅かに表情を強張らせていた様子であったが、あまり気にすることもなく、ほんの些細な・・・それでいて奥底で願い続けた思いを叶えるために私は小さな謀を企てた。自らがその謀によって、囚われるとは思いもせずに・・・。



「―――聖域を彷徨う亡霊?」
「そうだ。決まって余が瞑想に入っているとき、現われているようである。その正体を掴み、聖域に巣食う亡霊を退散せよ。そなたならば、打って付けの役であろう」
「そのお役目なれば確かに・・・ですが・・・」
「何か不服があるのか?」
「いいえ・・ただ、その亡霊はいつどこに現われるのかと思いまして」
「そのようなことか。報告によると、人々が寝静まった頃に教皇の間、もしくはその奥にある寝所で目撃されている。余の不在を狙って出没するとは・・・あるまじき行為であろう?丁度、明日より瞑想に入る予定であったのでな。おまえにこの役目を果たしてもらいたい。」
 至極真剣に語り、偽りを真実へと塗り替える。

 嘘への罪悪感など微々たるもの――。

 今のこの状況に比べれば、どのようなことでさえ小さな嘘にしか過ぎないのだろうと真実を隠す仮面の下で小さく嘲笑った。
 そんな私の嘘をシャカはなんの疑いも持たずに快諾する。黄金聖闘士とはいえ、純粋培養されたともいえるこの者に、人間の奥底に沈むドス黒い心を理解するには些か幼すぎたのだろう。
「不逞の輩、見事このシャカが打ち滅ぼしてみせましょう」
 不敵で挑戦的な笑みを浮かべた乙女座の聖闘士の言葉に仮面の下でほんの少しほくそ笑むと、シャカの退室を許可した。

―――ほんの一時の遊戯。暇つぶし程度にはなるだろう・・・。

 その時はそんな風にしか思えぬほど、私はすべてのことに退屈した、ただ残酷な人間でしかなかった。


作品名:青の洞窟 作家名:千珠