MY IMMORTAL
2.
「何が・・・“大丈夫そうだ”だ、あのバカ野郎っ!」
聖域にいるアイオリアに向けて呪いの言葉を吐き捨てる。
沈む太陽―――。
真っ赤に染まる夕焼けの中、佇むその影はまるで・・・。
黒き翼を折られた堕天使。
いや、人の死を前に悲しんでいる死神というべきか。
幾多の屍の山を築いてきたのだろうか。
その頂に鎮座し、嘲笑っているならばまだミロの心は救われたかもしれない。
シャカは狂ってしまったのだと。
――慈悲の心はもたぬ
そう豪語した乙女座の聖闘士。
小さな子供の命さえも容赦なく奪う殺戮者と化しておきながら、自らが奪った魂の業を導くかのように安らかな祈りを捧げるシャカ。
その白い頬には一滴、また一滴と流れ落ちていく・・・涙。
「ばかやろう・・・」
ミロの心を棘で覆われた蔓が締め上げる。
もっと早くにシャカの元に訪れるべきだったのだ。
彼一人に孤独な戦いをさせるべきではなかったのだ。
すうっと地平線の彼方に消えていく太陽と共に訪れる夜の帳はしめやかな風を運ぶ。その風に押されるかのようにようやく一歩を踏み出すと、幾多の屍を超えてシャカの元へとたどりついた。
「―――聖域に戻れ。シャカ・・・」
固い表情のまま、ようやくといった感じでミロはシャカに声をかけた。ほんの少し笑むような形で口角を上げたシャカは小さく横に顔を振った。
「駄目だ、おまえはこの役から降りろ」
ぐっとシャカの肩を掴み、無理やり立たせる。こんな場所から一刻も早く、シャカを引き離したかった。
「・・・離したまえ。ミロ」
「断る。聖域に戻るぞ」
ミロの手を払おうとするシャカだが、力勝負ではミロのほうが勝っていた。聖域に瞬間移動で飛ぼうとするミロを今度はシャカが押さえ込む。
互いが互いの力で膠着状態に陥りながら、ミロは説得にかかった。
「おまえは自分がどれだけ追い詰められているのかわかっていないのか!?これ以上こんなことをしていれば、おまえ自身破滅するのが目に見えているというのに!」
「わたしのことは放っておきたまえ。君には君の役目があるであろう」
抑揚のない感情を一切喪失したかのような冷たい声はまるで死者のようだ。
「放っておけるものか。もう仲間を失うのはたくさんだ!」
ぐいとそのままシャカを抱きしめる。聖衣を通しても伝わる痩身が悲しかった。
「・・・もう、たくさんだ!」
軋みをあげるほど奥歯を噛み締めながら、ミロはシャカの肩に顔を埋めた。
「ミロ・・・」
「だから・・・少しでもいい。聖域に戻って休んでくれ。頼むから」
くぐもった声で呟くミロをまるで宥めるかのようにそっとシャカがその髪を撫でた。
何度も、何度も。
まるで誰かを愛しむかのように。そうミロが感じたのはシャカを包む空気が変化したのを敏感に感じ取ったからでもある。
シャカの心が誰かを求めている?
シャカは誰かを・・・。
「ミロ、すまない。それでもやはりわたしは聖域には戻れない」
静かに諭すかのような声音。頑なに拒まれているのに怒りさえも鎮めてしまう言霊の威力を持つシャカ。今の自分のように『他の誰か』もシャカの言葉によって、怒りを鎮め憂いも悲しみも払拭されていたのではないだろうか。
きっとシャカに心を癒されていたはず・・・。
ふと、そんな風に感じながらミロはそれでもなお食いついた。
「聖域に戻れない理由があるのか?いや・・・違うな。“戻れない”のではなくて、“戻りたくない”のだろう?」
「・・・・。」
答えないシャカの顔を見る。沈黙は「YES」を意味しているのか。
「―――わかった。聖域に戻らなくてもいい。だが、俺と一緒に来い」
「・・・どこへ?」
戸惑うようなシャカにほんの少しだけ無理やり作った笑みを浮かべてミロは答えた。
「秘密の隠れ家さ・・・。他のヤツには黙ってろよ?」
ようやくシャカが頷いたのを見て、安心したようにホッとミロは息をついた。
作品名:MY IMMORTAL 作家名:千珠