MY IMMORTAL
3.
「・・・静かで良いところだな。潮騒が落ち着く」
ぼそっと呟いたシャカに「気に入ったか?」とミロは声をかけながら冷蔵庫に仕入れてきた食材を放り込む。シャカはミロが買い出しに行っている間にきちんと入浴を済ませていた。
が、しかし。
「・・・下も着ろよな。一緒に置いてあっただろう?」
開け放たれた窓辺近くで座り込み、背を向けて外を眺めているシャカはゆったりと白いシャツを一枚だけ着て、片足を立てていた。
「大きすぎる。・・・これで十分だ。」
ちらりと振り返って答えたシャカはまた窓の外に顔を向けた。暗闇の外に何を見ているのだろうと思いながらも、ミロは肩を竦めてシャカの後姿を見た。
無造作を通り越して、無用心に投げ出された長い素足は白く肌理の整った肌なのだということを今、初めて知った。
いつもシャカはずるずると長衣のようなものを着て全身を覆い隠しているか、聖衣を身に纏っている姿しか見たことがなかったから。
―――ふわりと風がカーテンを揺らし、シャカの姿を隠す。
次に姿を現したとき、彼は膝頭に顔を乗せて背を少し丸めていた。
シャカの後姿がとても小さく見えた。
今にもシャカは消えてしまうのではないかと思った。
ただ・・・それがとてつもなく怖いと思った。
ふらりとバランスを崩して壁にぶつかる。はずみで部屋の明かりが消えた。
それでも窓から忍び込む月明かりがほんのりとシャカの姿を白く映し出している。まるで夢の中を彷徨うかのような覚束ない足取りで、暗闇の中をふらふらとシャカの元へ進んだ。
「ミロ?」
「・・・・・」
ぎゅっと背後から抱きしめるミロを怪訝そうにシャカが問うのも構わず、ミロは強くその痩身を離すまいと抱きしめた。
どうしてそんなことをしてしまったのかわからない。
「わたしを・・・哀れんでいるのかね?」
「―――違う」
「では、なぜ君はわたしを抱いている?」
「―――わからない」
「・・・人肌が恋しくなったのか?」
「―――そうかもしれない」
「そう・・・か」
シャカは嫌がることも振りほどくこともせずに、そのままミロの腕の中に身を委ねた。
ザザッ・・・
潮騒が聞こえる。
風が悪戯にカーテンを揺らす。
羽根のように触れた唇はほんの少しカサついていた。潤いを与えるかのように舌先で舐めていく。小さく開かれた歯列を割りながら深く口腔内に侵入し、戸惑うようなシャカの舌に絡みついた。
細い身体には大きすぎるシャツを止めるボタンをひとつずつ外す。
やんわりと押しとどめようとするシャカの手を取り、そのまま床にゆっくりと押し倒した。床に散らばり広がった金の髪が細波のように波打つ。
シャカの両脚を割って覆いかぶさるミロを硝子玉のようなシャカの蒼い瞳が見つめた。
「―――月の光りで・・・青銀のようだ・・・・」
白い指先がミロの髪をそっと撫でると、その指先は愛しそうに頬へと滑る。
「今でも・・・愛しているのか?」
誰を、とは聞かない。聞いてもシャカは言わないだろう。それに、もう誰なのかわかってしまったから。
青銀の髪を持つ者・・・聖域に戻れない理由・・・。
聖域に身を置く同じ姿をした男は、シャカが求める者ではない。求めてやまない姿なのに、中身は別の者だという事実は耐え難いものなのかもしれない。
「わからない・・・愛しているのだろうか?わたしはむしろ・・・憎んでいるのかもしれない」
泣きそうな顔でシャカは答える。
ちりちりと胸の奥が焼けるような痛みを感じた。
「それはどちらも同じ気持ちだ・・・シャカ」
「そうかもしれない・・・な」
重なる口唇を静かに受け止めるシャカの気持ちはわからない。そしてミロ自身、己の気持ちさえもわからなかった。
つけ入る隙を与えてしまったシャカが悪いのか、つけ込んだ己が悪いのか。流れのままに身体を重ねていった。
―――彷徨い求めるシャカの魂を追いかける。
それは水に映る月を掬うようなことでしかないのかもしれない。
捕らえても、すぐに逃げてしまう・・・。
それでも、両手の水の中に月を映したかった。
作品名:MY IMMORTAL 作家名:千珠