艦隊これくしょん―艦これ― 第2艦隊健在なり
「長官」
寺西がつぶやいていると、時雨が彼に声をかけた。
「長官? 僕のことかい?」
「そうだよ。長官は今日付けで第2艦隊の司令長官だから、僕は長官って呼んだんだよ」
「そうか、なんか実感がわかないけど、艦隊指揮を取る人は長官になるわけだね」
「そういうことだね。すぐに慣れるさ。ところで、ちょっと五月雨に鎮守府内を案内したいんだけど、構わないかな?」
寺西は少し今日のスケジュールを思い出す。今日のスケジュールは、午前中は特にないが、午後から艦娘たちは鎮守府正面の海で航行訓練を行う予定になっていた。
「そうだね。午後の訓練にちゃんと間に合えば構わないよ。五月雨は自分の部屋も確認する必要があるからね。そういえば、五月雨の部屋はもう決まっているのかな?」
「ああ、そこまでは富山長官から聞いてなかったね」
「そうか、それなら鎮守府の見学ついでに、富山長官の所にどうすればいいか聞きに行ってもらってもいいかい? 僕はちょっと訓練の見学もしたいから、午前中にあらかた書類を片付けておきたいんだ」
「わかった。そういうことなら、僕が行ってくるよ」
そう言うと、時雨は五月雨の肩をたたいて、ついてくるよう促した。
「あっ、では失礼します!」
「うん、また後で」
五月雨はピシっと敬礼すると、時雨の後に付いて行った。そんな彼女らを見送りつつ、寺西は明石に問いかける。
「明石はこれからどうする?」
「そうですねぇ。装備の開発をしたいので、このまま工廠に戻ろうかと考えています」
「分かった、午前中は何かあったら執務室の方に連絡してくれ。午後は訓練を見学しているから、申し訳ないんだけど、岸辺の方まで来てもらっていいかな?」
「了解です!」
そう言うと、明石も工廠の方へと戻っていった。ひとリ残った寺西は、大きく背筋を伸ばすと、無人の部屋を後にして執務室の方へと戻っていった。
5日後、午後の訓練を行う矢先に事態は訪れた。甲高いサイレンの音とともに、大淀の声が鎮守府中に響き渡る。
「深海棲艦接近! 深海棲艦接近! 第2艦隊は直ちに出撃せよ。繰り返す、第2艦隊は直ちに出撃せよ」
寺西は真新しい椅子から立ち上がると、艦娘たちを見送らねばと思いたち、慌てて部屋を出た。すると、富山長官がドアを開けようとしているところで、危うく2人はぶつかりそうになる。
「あっ、申し訳ありません」
「いや、大丈夫だ。それより、すぐに無線室へ向かうぞ」
そう言うと、富山は踵を返して階段の方へ早歩きし始めた。寺西も急いで富山の後に続いた。
無線室は30センチほどの高さと、1メートル半の幅がある、大型の機械が3つ、木製の仕事机の上に鎮座していた。その機械の半分はボタンやつまみ、そしてメーターに覆われ、一見すると何が何を指しているのかが全くわからない。もう半分は円形の大きいスクリーンがついているが、今は何も映されていない。
「1番の無線についてくれ。もう電源は入っている」
寺西は硬い椅子に腰を下ろすと、手元にあるヘッドセットを手にとった。
「第2艦隊の周波数はこれだ」
富山は1枚のメモを渡した。紙には無線の周波数の数字が書いてあり、寺西は訓練中に習った、無線機の設定の手順を思い出しながらツマミをいじり始めた。
設定が完了すると、無線機から声が聞こえてきた。
『……2艦隊、時雨。長官、聞こえますか?』
「こちら横須賀鎮守府、第2艦隊の寺西です。感度良好。よく聞こるよ」
『了解。第2艦隊は装備の受領、補給を完了。現在、浦賀水道を南下中だよ』
「こちらも艦隊をレーダーで補足した。現在の進路を維持して、房総半島を抜けてから方位130に転舵してほしい」
『時雨了解。現在の進路を維持し、房総半島通過後に方位130へ転舵します』
寺西はこの短い間にも手汗をかいており、手を載せているノートがじんわりと波型に変形している。
作品名:艦隊これくしょん―艦これ― 第2艦隊健在なり 作家名:瀬戸信浩