艦隊これくしょん―艦これ― 第2艦隊健在なり
「ああ、僕は寺西。こちらこそよろしく」
寺西は少々ぎこちない笑顔を見せると、真新しい手袋をはめた手を差し出し、時雨と握手を交わした。
「時雨は明日から俺の部下から少佐の部下になる。お互い仲良くやってくれよ」
「分かったよ」
時雨がそう言うと、富山は彼女の肩をポンとたたく。
「さて、俺の案内はここまでだ。親交を深めてもらう意味でも、あとはこの時雨に鎮守府内の案内を任せる。これから仕事仲間になるんだから、今のうちに仲良くなっておけよ?」
2人の返事を待つ前に、富山は部屋の出口から出て行ってしまった。
彼が出てから少し間が空き、時雨が寺西に声をかける。
「えっと――少将さんからどこまで案内してもらったの?」
「まだ、この司令部棟の中を案内してもらっただけだ。できれば、鎮守府内の他の建物を紹介してくれるとうれしいんだけど」
「いいよ、ボクについてきて」
2人は司令部棟を後にすると、東側にある大きな建物へとやってきた。その建物は三角屋根のレンガ造りで、同じ建物が2つぴったりくっついている。向かって右側の建物は、高さ4メートルほどでトラックでも入りそうな大きな鉄扉が開け放たれているが、左側の建物には人が一人通るには少し大きな扉1つだけがあった。
「あの建物は?」
「あの建物は左側が整備棟で右側が工廠・ドック棟だよ」
「ドック? ドックはあそこにある大きなクレーンがあって、入り江みたいになっているあの場所じゃないのかい?」
寺西はそう言って、鎮守府の内部まで入り込んだ水路を指差す。彼の指差す先には短い水路があり、水路の脇にはガントリークレーンが2つ並んで備え付けられている。
「あれもドックだけど、あれは荷物積み下ろしが主な係船ドックだよ。日本近海だけなら、まだ船は航行しているから、資材の受け渡しに使われてる。艦娘の建造はあの右側のレンガの建物の中にあるドック、いわゆる乾ドックで行われているんだ」
「そうか、ドックにもいくつか種類があって、それぞれ役割が違うって事か。教えてくれてありがとう」
「いいさ。これから仕事をやっていくうちに、しっかりそういった知識は身につくよ。あと、司令官の補佐はボクたち艦娘の大切な仕事の1つだから、わからない事があったらなんでも聞いてよ」
「そうだね。その時は遠慮なく聞かせてもらう事にするよ」
2人は工廠の大きな鉄扉をくぐった。建物の中にはいろいろな種類の工作機械や、組み立て中と思しき兵器が置かれており、奥の方には赤い鉄骨で格子状に区切られたスペースがある。
「奥はさっき言った建造用に使われるドックで、手前は兵器開発のための作業場だよ」
「なかなか、広い場所だね――おっと」
彼が周りに気を取られている間に、工廠で作業をしていた妖精たちが足元に集まっていたようで、彼は驚いて一歩足を引いた。
「妖精さんだね。話は聞いてるかい?」
「ああ、艦娘の建造、兵器開発、兵器の運用を手伝ってくれる、妖精さんがいるという話は聞いていた。抜き打ちの採用試験の時も、彼女たちが見えるかどうかで採用が決まったんだ」
そう言うと彼は妖精さんの1集団に注目した。大きさは手のひらより少し大きいくらいで、飛行帽をかぶっていたり、釣り竿を持っていたりと、見た目はさまざまなようだ。
「ここまで小さいと、ちょっと考え事をしていると気づかずに踏んでしまいそうだね」
その彼の発言に、妖精たちは震え上がって青い顔をする。
「ふふ、大丈夫だよ。これがアリくらいの大きさなら保証はできないけど、君らくらいの大きさなら十分見えるからね。気にしなくて大丈夫だ」
そうやって妖精をからかう彼に、時雨が言う。
「司令官、あまりからかいすぎないでね」
「ああ、ごめん。気をつけるよ」
そんなことをしていると、工作機械の群れの中から1人の女性がこちらにやってきた。時雨よりかは背が高く、太ももまで届きそうな桜色の髪が歩くたびに揺れる。先ほどの大淀と同じセーラー服を着ているが、肩と脚にはまるで武将のような鎧が、そして背中にはクレーンが3本もつけられていた。
「あなたが新しい司令官さんですね!」
「はい、本日付で着任しました寺西少佐です。よろしくお願いします」
作品名:艦隊これくしょん―艦これ― 第2艦隊健在なり 作家名:瀬戸信浩