月と太陽
「ええ。おそらく…。ただ、全てを忘れてしまったのではなく、1年戦争に参加していた頃から現在までの記憶が無いようね。」
ギュネイは呆然とナナイを見つめる。
「そんな!」
「ただ、さっきも言った様に一時的な事で、明日目を覚ましたら記憶が戻っている可能性もあるわ。」
「この事…。大佐にはどう説明しますか?」
ナナイは少し考えるとギュネイに向き直る。
「こんな状況なのだし、とりあえず大佐に報告するのは少し待ちましょう。貴方もこの事は内密に。他のジオン兵にバレでもしたら危険だわ…。」
ジオン兵の中にはまだアムロを恨むものが大勢いるのだ。
翌日、目を覚ましたアムロだが、まだ記憶は戻っておらず、そのままナナイの自宅で過ごす事となった。
頭の傷以外は打撲程度だった為、ベッドから起き出し、窓の外を見ていた。
ナナイの自宅は郊外にある一軒家で、綺麗に整備された広い庭があり、その木々の隙間からはコロニーの一部が見える。それは自分の知っているサイド7のものではなく、不自然に継ぎ接ぎされた不思議な作りだった。
「ここは本当にサイド7じゃないんだ…。なんで僕はここに居るんだろう…」
昨日までサイド7の自宅に居たはずの自分が見知らぬコロニーに居て、テロに巻き込まれて怪我をした…。アムロは自分の状況が理解できず混乱していた。
そこにコンコンと、ドアをノックする音がする。「どうぞ」と答えると昨日目覚めた時に側に居たギュネイという少年が入ってきた。
「アムロ・レイ。気分はどうだ?」
心配気に質問をしてくる15、6歳くらいの黒髪の少年に少し微笑みを浮かべると
「大丈夫。気分は良いよ」と答える。
すると少年はパァと笑顔を浮かべ「良かった!」とアムロの元まで駆け寄って来た。
「えっと、昨日も言ったけどもう一回言うな。俺の名前はギュネイ・ガスだ15歳。俺もナナイ所長のところで居候してる。」
ニカっと笑い、握手をしてくるその飾らない笑顔にアムロはつられて笑顔になる。
「同い年だね。僕の事はアムロって呼んで?フルネームで呼ばれるのはなんかくすぐったい。僕もギュネイって呼んで良い?」
明らかに年上なのだが、今のアムロの心は15歳なのだ。ギュネイは「分かった!」と答えると、後ろ手に持っていた丸い物体を差し出す。
「そうだ、アムロ!コレってあんたのペットロボットか?」
「ハロ!!」
ギュネイが持っていたのはアムロが改造したペットロボット、ハロだった。爆発に巻き込まれた時、側に居たがどうにか爆風を逃れ無事だったらしい。
「やっぱりあんたのか!病院にあんたを連れて行くとき付いて来たからそうかと思って預かってたんだ。」
アムロはスリープ状態になっているハロを起動すると話しかける。
「ハロ!大丈夫か?」
するとハロは目を赤く点滅させ、起動し始める。
《アムロ!元気か?》
「ハロ!元気だよ」
アムロは子供の様な笑顔をしてハロを抱きしめる。
その様子にギュネイは少しドキっとする。
『確かアムロの実年齢って25歳だよな?なんでこんなに可愛いんだ!?』
アムロはそんなギュネイに振り返ると、
「ありがとう!ギュネイ!ハロは僕の大事な友達なんだ!」
と、さらにキラキラした笑顔をギュネイに向ける。
『やばい!なんだコレ!?』
ギュネイは高鳴る鼓動に困惑した。
「い、いや。良かった。あ、そうだ。朝食なんだけどダイニングで食べれるか?」
「うん。」
ギュネイはドギマギしながらもアムロを連れてダイニングへと移動した。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
ダイニングではナナイが既にテーブルについていた。使用人の女性に促され、ギュネイとアムロも席に着くとスープが運ばれて来る。
「ハイ。おかげさまで…。あの…、ありがとうございます。」
アムロは少し緊張しつつナナイに礼を言う。
上目遣いにこちらを見つめる幼い仕草にナナイはこれがあのアムロ・レイなのだろうか?と戸惑いつつも「良かった。」と返す。
その日、アムロは検査の為、ナナイとギュネイに付き添われ病院に行き、その後はナナイの自宅でギュネイと過ごした。
どちらかと言うと人見知りなアムロだが、裏表の無いギュネイの積極的な性格は一緒にいて心地よく、直ぐに打ち解ける事が出来た。
「なぁ、アムロの親ってどんな人?」
「僕の親?」
「そっ。俺さ、戦災孤児で物心ついた時にはもう親が居なかったからさ、親ってどんなもんかなぁって」
自分の身の上すらカラッと話すギュネイに「強いなぁ」と思いつつアムロは両親の事を語る。
「父さんは連邦の技術士官でモビルスーツ作ってる。母さんは僕が5歳の時に別れてからは会ってないなぁ。今は地球に住んでるけど…元気かなぁ。あんまり覚えてないんだけど優しい人だったよ。」
「それじゃ、アムロは親父さんと2人で住んでんのか?」
「うん。そう。でもとにかく忙しい人でさ、殆ど家には帰って来ないから隣に住んでる幼馴染みが僕の世話をしてくれてる。」
「幼馴染み?」
「うん。フラウ・ボウっていって同い年の女の子。だらしない僕をいっつもガミガミ怒ってるよ。でも優しい子だよ。」
そのアムロの表情に少女を大切に想っているのが伝わってくる。
「そっかぁ。」
《アムロ!お行儀悪いわよ!アムロ!ちゃんとご飯食べなさい!フラウ、いつも怒ってる!》
ハロが突然フラウの声真似で話し出し、アムロとギュネイは顔を見合わせ笑い合う。
そんな2人をナナイは不思議な気持ちで見守る。
"どちらかと言うと大人しめで、心の優しい、ごく普通の15歳の少年。"
それがアムロに対するナナイの印象だ。
そんな子供が何故ガンダムを操縦し、戦争の最前線で【連邦の白い悪魔】とまで呼ばれるパイロットになったのだろう…。
そして、そのまま数日が過ぎたがアムロの記憶が戻る気配はなく、ナナイは今後のアムロの処遇について頭を悩ませていた…。
ふと、窓の外を見ると、アムロが庭の噴水の縁に座り、目を瞑って風に身を任せていた。
風になびく赤茶色の髪とその穏やかな表情にナナイは目を奪われる。
『彼をこのままここに留める事は出来ないだろうか…。』
そんな思いが脳裏をよぎった。ナナイはそんな気持ちを振り払う様に頭を振ると部屋を出て、アムロの元まで歩み寄った。
すると、目を閉じていたアムロが不意に目を見開き「あっ!」と叫ぶ。
「ごめんなさい。驚かせてしまったかしら?」
ナナイの姿を目を見開いて凝視した後、ふうっと小さく息を吐くとアムロは首を横に振る。
「いいえ、すみません。誰かと間違えたみたいです。」
「誰か?」
アムロは少し考えると、ポツリ、ポツリと話し始める。
「ええ、ここ数日…、夢を…見るんです。…僕は誰かを探して真っ暗闇を歩き続けているんです。そして、しばらくすると目の前に金色の光を見つけるんです。そして『この人だ!』って思って手を差し伸べるんですけど、その瞬間光はとフッと消えてしまって…。」
「私をその『誰か』と間違えたのですか?」
「ええ…、…いや違うな…。貴女の側からその金色の気配を感じた気がして…。」
アムロは軽く握った右手を口の前にあて、考え込んでしまう。
しかし、その言葉にナナイはある人物を頭に浮かべる。
『大佐…。』