白薔薇の祈り
それは十年も昔、十年後の未来にこの身を置いていた時の話。
訳も分からずやってきた十年後の世界は何やら大変なことになっていて、このちっぽけな頭でも唯一理解できたのは、とにかく敵がやたら強くて、今、自分たちの身には危険が迫っているのだということだった。
リング争奪戦の時以上に短期間で強くなる必要がある、とリボーンに言い渡され、否応なしにオレの過酷な特訓が始まった。新しい師匠役のラル・ミルチは凄腕の教官であるとリボーンは太鼓判を押していたが、その教え方はどこかの海軍なみに厳しかった。自分の要求するレベルをこなさなければ容赦なく殴り飛ばし、労いの言葉の一つもない。そんなわけで、あの頃オレは常にどこかしらに怪我をしていたし、「もう無理だ」と夜毎泣きべそをかいていた。
ヒバリさんに会ったのは、ちょうどその頃だ。
獄寺君や山本たちがどんどん過去と未来で入れ替えられていく中、ヒバリさんだけは十年後の姿のまま、オレのもとへやってきた。十年後のヒバリさんはすらりと背が高く、落ち着いていて、それでも根本的なところはまったく変わっていなかった。十年前の世界でもそうだったけれど、やはりこの人は誰よりも頼りになるな、と改めて思う。そのずば抜けた戦闘力の高さと、鋼のような精神力は十年経っても健在で、隣にいるだけでひどく安心できるのだ。とはいえ、何を考えているのか全く読めないところも相変わらずで、いつ敵に回るとも分からないのがまた恐ろしいのだが。
ラル・ミルチに半ば見捨てられてしまったオレを代わりに指導してくれることになったのが、どういうわけだかヒバリさんだった。捨てる神あれば拾う神ありとはよく言ったものだ、なんて最初は悠長に構えていたが、ヒバリさんの特訓は正直ラルの比ではなかった。すさまじい殺気で朝目覚め、気を抜いた瞬間に攻撃される。二十四時間心の休まる時がなく、日々の特訓は生き地獄の沙汰だった。
ヒバリさんとの特訓中はほとんど会話というものがなかった。というより、会話をしている余裕などなかった、と言った方が正しい。毎日がもう、本当に命がけの攻防の繰り返しで、少しでも気をゆるめたら冗談抜きであの世へ直行だった。自分にひしと向けられたヒバリさんの殺気といったら、耐え難いことこの上なかった。それは喉元に刃の切っ先をあてられるよりも恐ろしい、ほとんど心臓を握りつぶされてしまいそうな感覚。
そういうわけで、十年後のヒバリさんとオレは時間や場所を共有してはいるものの、表面上の関わりしかなかった。あの日、オレが特訓中にうっかり大怪我を負ってしまうまでは。