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白薔薇の祈り

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 とりあえず三週間は絶対安静と言われ、オレは半死状態で救護室に担ぎ込まれた。
 あちこちの骨にヒビが入ってしまっているようで、その痛みといったら言葉では表せない。命があるのが不思議なくらいだった。痛み止めが切れる度にオレはうめき声をあげ、生と死の狭間で身悶えていた。
 あのヒバリさんが全力を出したらオレなんて到底敵うわけがない。いくら厳しいといえど、今までは致命傷を負わないように手加減されていたと思うのに。どうして急に本気を出されてしまったのか。傷が痛めば痛むほど、オレはヒバリさんへの恨めしい気持ちを抑えられなかった。
 事件から十日ほど過ぎたある日、ヒバリさんが初めてオレの病室に顔を出した。
「やあ」
「ヒバリさん……」
「生きてたんだ」
 しぶといね。ヒバリさんはそう言って口先だけで笑い、ベッドの脇に腰をおろした。自分をこんな目に遭わせた相手だというのに、久々に顔を合わせると怒りも憎しみも湧いてこない。それはきっと、彼への感情の根底にあるのが紛れもない好意だからだろう。なんだかんだ言っても、この人は最終的にはオレたちに力を貸してくれる心強い味方だった。
 ヒバリさんのことだから、戦えない相手には興味なんてないだろう。そう思っていたものだから、ヒバリさんがやってきた時は正直かなり面喰った。
「生きてたんだって……まるで他人事みたいな言い方ですね」
「他人事だよ」
 オレは苦笑いをしてその場をやり過ごした。そっけないのは相変わらずだ。
 ヒバリさんはじろりとオレを眺めると、黙ってオレの腕に触れた。何をする気だと一瞬身構えたが、その手は再びオレを傷つけることはなかった。そうして、看護士の免許でも持っているのではないかと思うほど鮮やかな手つきで彼は包帯の交換をした。怪我の処置には慣れているらしい。オレは驚きのあまり感謝の言葉すら忘れていた。
「もう指は動くんだろ」
「えっ……ああ、はい」
「じゃあ、何かあったら携帯で呼んで」
「ヒバリさんが看病してくれるんですか?」
「あの女に頼まれたんだよ。今は皆忙しくて、僕しか手があいてないから」
「ああ……」
 すみません、と呟いてオレは肩をすくめた。こんな大事な時期に怪我をしてしまったことを申し訳なく感じた。ヒバリさんに迷惑をかけてしまうことに対しても。
 当のヒバリさんはというとそんなことを気にかけている様子は微塵もなかった。お人よしなんて言葉とは程遠いこの人は、嫌なことや面倒事は決して引き受けたりしない。いたわるような言葉こそないけれど、彼は彼なりにオレのことを思ってくれているのだろう。
 こうしてオレの怪我が治るまでの間、ヒバリさんが看護にあたってくれることになった。誰かの世話をするなんて十年前のヒバリさんからは考えられない。十年という歳月は、ヒバリさんを丸く、穏やかにしたようだった。
 看護といっても、手取り足取り優しくお世話をしてくれるわけでは勿論なく、基本的にヒバリさんは自由な人だった。何かあったら呼んで、なんて言ったくせに電話は繋がらないことの方が多いし、気まぐれにふらっとやって来たかと思えば「眠い」と一言つぶやいてすぐに帰ってしまったり。まぁ、ヒバリさんらしいといえばヒバリさんらしい。それでも十分すぎるくらい、ヒバリさんはオレに良くしてくれた。ときどき病室にその無愛想な顔を出してくれるだけで、傷の痛みがやわらいでいくような気さえした。
 こういう関係になってからというもの、オレはヒバリさんとよく話をした。初めのうちは馴染めずにお互い無口でいたのだが、勇気を出してオレの方から一言二言声をかけると、ヒバリさんはきちんとそれに答えてくれた。それからオレたちは会うたび他愛ない軽口に花を咲かせるようになり、ヒバリさんは時折微笑むことすらあった。
 二人でいる時間は日に日に長くなっていき、特に用事がない時でも、ヒバリさんはたまに様子を見に来てくれるようになった。二人きりでいる時の妙な緊張感はいつしかなくなっていた。目まぐるしく過ぎていく地獄のような日々の中で、ヒバリさんと過ごす数分間だけが嘘みたいに穏やかだった。
 オレたちの話題が尽きることはなかった。オレはヒバリさんのことを何でも知りたがった。オレの知らない、この世界にいる大人のヒバリさんのこと。そして、この十年の間にどんなことがあったのかも。

「ヒバリさんは、変わりましたね」
 思っていたことがつい口を出たのは、それからしばらく経った日のことだ。
 ヒバリさんが奇妙な顔付きで振り返る。どういう意味だと向けられた視線が言っていた。慌ててオレは愛想笑いを浮かべてみせる。それは、もともと声に出すつもりのない言葉だった。
「いえ、あの、すごく大人だなって」
「もう二十五だから」
「違うんです。年齢っていうよりも……何て言えばいいんだろう。昔に比べて落ち着いたというか、優しくなったような気がして」
「大人って優しいの?」
「うーん……そう言われると……」
「優しい、か」
 言葉を一度反芻すると、ヒバリさんはため息をついた。今まで言われたことがない。そう続けるヒバリさんはどこか、心ここに在らずだった。
「確かに変わったかもしれない。でも、大人になったからではないと思うよ」
「何かあったんですか? この十年の間に、自分を変えるような大きな事件が」
「君は変わらないね」
「え」
「今も昔も、君は君だ」
 オレの質問に答えることなくヒバリさんは足早に病室を出て行ってしまった。これ以上追究されるのを避けるように。
 どことなくやつれた後姿に心臓がぎゅうとなった。刹那、ふと感じ取った違和感。その時は深く考えなかったけれど、あれはきっと、錯覚などではなかった。瞼を閉じてヒバリさんを想う。この胸の痛みをどうしていいか、当時のオレにはわからなかった。今、この世界に存在する十四のオレはまだ幼く、ヒバリさんのことを余りに知らなすぎたのだ。
 今なら、とオレは思う。当時は靄の中にくすんでいた彼の真実が、今になってようやく分かる。彼の抱える空白の時間、背負うものの重み。最後まで打ち明けることのなかった想いも。自分には到底理解できないであろう、億千万の悲哀さえ。



作品名:白薔薇の祈り 作家名:夏野