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Theobroma ――南の島で5

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 島人たちは次第に距離を詰め、すでにマトウとその通訳は囲まれてしまっている。詰め寄るわけではなく、マトウに色々と疑問や質問をぶつけていた島人たちは、シロウにも矛先を向けはじめた。
 それは、問い詰めるようなものではなく、弾劾するようなものでもなく、
「シロウは、どうなんだい?」
「そうだ、シロウは誰と組む?」
「おれたちは、シロウに仕事を教わった、シロウはどうする?」
「シロウが選ぶ相手がおれたちの取引の相手だ」
 マトウは苦笑を浮かべてこちらを見ている。
 シロウの意志を訊こうとする島人たちに、つい頬が緩む。
 シロウはもう島の人間だ。島人たちが心から受け入れた、大切な宝だ。
「えと……、あの……」
「シロウも変わったな。最初は誰にも相手にされなかったのに」
 笑いを含んで言えば、
「そ、そんな、前のこと、お、思い出さなくても!」
 少し顔を赤くして、シロウはムッとしている。
「いちゃつくのは、あとだ。ほら、どうすんだ、シロウ?」
「い、いちゃついてなんてないよ!」
 サグに噛みついてから、シロウは島人に向き合う。
「俺は……、俺の答えは、もう出てるよ」
 固唾を飲んでシロウを見つめる島人たち。
 その視線を一身に受け取って、す、と手を上げ、シロウはマトウに指を向けた。
「慎二としか、仕事はしない」
 わ、と広場が盛り上がる。
「よぉく言った、小僧!」
「それでこそ、シロウだ」
「あんた、男気あるねぇ!」
 シロウの肩を叩き、頭を撫でていった老若男女はマトウをももみくちゃにしている。
「えっと、結局、今まで通り、ってこと?」
 シロウがオレを見上げて訊く。
「ああ、そのようだな」
「よかったぁ!」
「っ……」
 久しぶりに見たシロウの笑顔は、グッときた。
「アーチャ、っん!」
 こんなもの、キスするしかない。
 驚きに満ちた琥珀色は、ぎゅ、と瞑られた瞼にすぐに隠れてしまった。もう少し見ていたかった、と、唇を甘く噛んだ時、
「アーチャー! お、おまっ、なに、どさくさに紛れて!」
 サグの声に、ハッとしてシロウを解放し、顔を上げると、島人もマトウもその妹と秘書も、目を丸くしてオレたちを見ている。
 しまった……。
「何やってんだい、アーチャー」
 ターグのおふくろさんに呆れ顔で言われる。
 これはもう、言い訳しても仕方がない。
「あー…………、つい」
「「「「「「おいっ!」」」」」」
 あちこちからつっこみが入る。
 怒っているかとシロウを窺えば、オレの肩に顔を埋めてしまっている。
 耳が赤い。首筋も。
 ああ、もう、早く帰って抱きたい。
「今夜は朝までコースかぁ?」
 ルーリーは酔っているのか、呂律が怪しい。
「ま、シロウも大変だったみたいだしな」
 マハールが短い煙草を咥えつつ笑う。
「甘やかせてやれよぉ」
 ターグはおばさんたちと同じようなことを言っている。
「なんにしても、よかったな」
「ああ」
 サグが広場の様子を笑いながら言う。
「お前もシロウも、ほんと、ヒヤヒヤするって」
「ん? どういう意味だ?」
「自分で考えろ、ガキ」
 オレの頭を軽くこついてから、サグは末の妹に肩車をして、広場を出て行く。
 広場から、わらわらと人が消えていき、残ったのは、オレと、シロウと、マトウと、マトウの妹とその秘書。
『衛宮、これからも、よろしく』
 マトウの出した右手をシロウは力強く握った。
『いいのか? 間桐商事の専務の座』
 いたずらっ子のような顔でシロウは言う。
『要らないよ。それにもう、退職願は送ってあるし』
 マトウは肩を竦めて笑っている。
『え……?』
『桜に渡そうと思ったんだけど、ちょっと、腹が立っちゃったからさ』
『そっか……』
『先輩、いいんですか?』
『桜……』
 マトウの妹は心配そうな顔でシロウを見つめる。
『俺は、信じてるからさ、慎二の力』
 多くは語らない真っ直ぐな士郎の言葉に、マトウの妹は目を丸くし、そして困ったような笑みを浮かべ、マトウの方はといえば、感極まったのかシロウに抱きついた。
『いっ、いだだだだだだ!』
 もちろん、即、仕留めておいた。

 マトウの妹を見送るというシロウに肩を貸し、マトウとともに港へ向かった。
『兄さんの中間報告書を見て、きっと手を出すだろうって、思ってたんですよねー』
 マトウの妹はオレたちの前を歩き、背を向けたまま話す。
『間桐商事との取引になると、大量生産は必須……』
『え……』
『まさか……』
 シロウも、そしてマトウも何かに気づいたようだ。
『きっと、先輩なら兄を選んでくれると思ってました』
 振り返ったマトウの妹は、兄とシロウに、にっこりと笑みを見せる。
 呆気にとられる二人を残したまま船へと乗り込んだ彼女は、にこやかに笑んで手を振った。
『桜に……』
『はめられたな……』
 顔を見合わせたシロウとマトウは、吹き出している。
『敵わないな、桜には』
『ほんとに、くわせ者の妹だよ』
 肩を竦めたマトウは、疲れたから帰る、と家へ向かった。
 港に残ったのはオレたちだけだ。
「俺、まだここにいられるんだ……」
「いられなくなる日など、来ない」
「そんなことわかんないだろ?」
「わかる」
 シロウを横抱きにすると、思わぬ抵抗にあった。
「なんだ!」
「も! 何してるんだよ! 恥ずかしいだろ!」
「肩を貸すよりも早く帰ることができる」
「だからって、こんな抱っこは、嫌だ!」
「じゃあ、どんなならいい」
 むぅ、としたシロウをいったん下ろす。
『おんぶ』
「は?」
 なんだ?
 オンブ?
 背後に回ったシロウが肩に掴まり、そのまま背中に飛び乗ってきた。
「こ、こら! なんだ、何をしている!」
「だから、おんぶ、だよ」
 背負うことを日本語でオンブというのか?
 これでは顔が見えない、と少々納得がいかなかったが、背中から腕を回して抱きつくシロウに、悪い気はしない。
「アーチャー、いっぱいさ……」
 シロウの言葉を待つ。
「ありがとう」
 そんな幸せそうな声で言われるとは……。
 家に帰ったらベッドに直行だ。シロウの精神面も、もう大丈夫だろうし、手加減することもないだろう。
「シロウ、すぐに……」
 抱くぞ、と言おうとした声が萎んだ。すぅすぅと穏やかな寝息。
「はぁ……、またお預けか、まったく……」
 残念ではあったが、シロウが安心してオレにすべてを預けていると実感して、笑みがこぼれる。
「お! アーチャー、なんでシロウを背負っ」
「静かにしろ」
 ケーディーが呑気に声をかけてくるのを制した。
「あ、わり、寝てるのか。って、ほんっと、シロウはアーチャーに無防備だよなぁ、とんでもねぇ、危険なヤツなのにー」
「何が危険だ」
 ムッとすると、ケーディーは半眼でオレをみる。
「えー? それをおれに言えってぇ?」
「な、なんだ、オレのどこが――」
「そーそー、危険だよなー」
 ケーディーに加勢したのはマハールだ。
「だから、どこがだ」
「本国でいろいろなー」
「遊んでたもんなー」
「出禁になったバーもあるよなー」
「ああ、あったな、店主の女、寝取ったってなー」
 いつのまにか、いつもの面子が周りにいる……。
作品名:Theobroma ――南の島で5 作家名:さやけ