Theobroma ――南の島で5
保護者みたいにトマは俺に優しく言う。
どうしたんだろう?
俺、なんか変かな?
変なのは、いつもと違う服装ってだけだと思うけど……。
疑問は浮かんだけど、定期船に乗り込み、港を出ると、三人とも普段と変わらなくなる。
(なんだったんだろ?)
潮風にあたって、ぼんやりエメラルドグリーンの海を眺めていた。
「アーチャーのいるホテルで酒でも奢ってもらおうか?」
「お! いいな、それ!」
「ちょ、ちょっと、アーチャーは忙しいんだし、邪魔になるだろ」
無事に俺のスニーカーも買えて、みんなの用事も済んだ時、トマが言いだした。マハールは乗り気で、もう歩き出している。
「シロウは会いたくねーのかよ?」
「え……」
マハールに切り返されて、声が詰まる。
「無理しなくていいんだぞ、おれたちに遠慮したって、なんの得にもならねーし」
「え? いや……」
遠慮じゃない。
ただ、姿を見てしまうと、また寂しさが大きくなるだけだから……。
「ほい、じゃ、行こう」
「え? 俺、うんって言ってない!」
「顔に書いてあるって」
サグが腕を引く。
「い、行かないって、俺、別に、」
「我慢することないだろ? ちょっと顔見て、元気かどうか見るだけだって!」
いい、そんなこと、しなくっていい。
トマが背中を押す、マハールもサグとは反対の腕を引く。おかしな連中だと道行く人は見てるだろう。
「も、もう、なんなんだよ、わ、わかったよ! ちゃんと歩くから!」
結局、アーチャーのいるホテルに向かうことになった。
白壁の大きなリゾートホテルに着くと、ちょうど玄関口から見慣れた姿が現れた。その腕にすがりついている金の髪の少女も一緒だ。
「「「あ……」」」
俺とサグとトマが、同じような声を上げた。
「お、美人。けど、もちょっと大人になってからだなー」
「おい、マハール!」
サグがマハールを窘めてる。
ああ、やっぱり、来るんじゃなかった。
す、と頭の芯が冷えてきた。
「ほら、忙しそうじゃないか」
笑みを浮かべると、サグがなんでだろう、青くなっている。
「帰ろう。買い物も済んだしさ」
俺の意見にみんな頷いてくれた。
「なあ、いいのか? シロウ」
定期船に乗り込んで、出港を待つ俺にサグは訊く。
「何が?」
「アーチャーに会わなくて」
サグが覗きこむように俺の顔を窺う。
「いいよ、迷惑だし」
「あいつは、会いたいと思うぞ?」
「そんなわけないだろ!」
思ったよりも大きな声が出てしまった。
船内の客が何事かと振り向く。島を巡る定期船は今日の最終便だからか人が多い。
「不安なら、ちゃんと本人に訊いた方がいいって」
「そんな……こと……」
訊けるわけがない。
もし、もう島に戻らないってアーチャーが言ったら?
あの子といたいって言ったら、俺はどうすればいい?
「あー、ったく!」
サグは俺の腕を引いて船から降りようとする。
「サグ? もう船が出ちゃうよ、何してるんだよ?」
「行くぞ」
港に降り立って、サグは短く言い切る。
「い、行くって、どこに?」
「アーチャーのところだよ! 納得いかねぇんなら、ぶん殴っちまえばいい!」
「え……」
「おれたちから見たら、どう考えたってあいつが悪い。シロウに何も説明しないで、電報一つで帰って来ねえって、ありえねえだろ!」
どうしてサグがアーチャーに怒ってるんだ。サグは、アーチャーの一番の友達のはずなのに……。
「説明は……、恩があるからって……、ちゃんと、俺に……」
「だからって、恋人を不安にさせていいわけがねーだろ! シロウは怒って当然だと思うぞ!」
「そんなの……」
「納得できるまで、話してこいよ」
「う、え? してこい? え?」
俺が訊き返す間に、岸壁から動き出した船にサグは飛び移った。
「わっ! バカ! あぶ、危ない!」
トマに捕まえられて、サグは船に乗り込めたみたいだ。
ほっと胸を撫で下ろす。
そして、ハタと気づく。
「シロウ、アーチャーには連絡しといてやるから!」
手を振るサグに呆然とする。
「え? 俺、ひとりで……残されて……? え? ちょ、ちょっと、待って! 俺も、乗るって!」
船はどんどん港を離れていく。
「ウソ……」
呆然と見送るしかなかった。
「どうしよう……」
アーチャーのいるホテルに来たものの、呼び出していいものか迷う。サグが連絡してくれると言っていたけど、もう連絡がついたのかどうかもわからない。
「ケータイ、持って来ればよかった……」
島では使うことがないから、すっかり携帯電話の存在を忘れていた。
「でも、電話番号もわかんないから、意味ないか……」
迷いながらホテルの周囲を散策する。ビーチに人はまばらで、一晩くらいならここで夜を明かしてもいいかという気になった。
ホテルとビーチを繋ぐ遊歩道の石段に腰を下ろし、暗くなっていく空と海を見ていた。
島とあまり変わらない景色で、たぶん、ここの方がリゾート地として格段にランクは上だし、きれいな景色のはずなのに、ただ寂しいだけに思えた。
「島の方が、いいな……」
膝の上に肘をつき、頬杖をついてぼんやり思う。
島がいい。島でアーチャーと二人で見る景色の方が、数倍いい。
「Hi! 少年!」
突然、肩を叩かれ振り返る。
「え? な、なんですか?」
顔を上げると、ヒュウと口笛を吹いて、ニヤニヤと俺を見下ろす二人組の男の人。
「ヒマ、だろ? 遊ぼう!」
「は?」
片言の英語で言って、口笛を吹いた方の男が腕を掴んできて、強引に引っ張られた。
「ちょ、っと、は、放して下さい!」
振り払おうとすると、もう一人が背後に回って、羽交い締めにしてくる。
「は、放せ!」
暴れても相手の方がガタイがよくて、振り払えない。
なんだ、こいつら?
このホテルの宿泊客?
こんなガラ悪そうなのがVIPなのか?
それとも、街のチンピラ?
いろいろ考えても、逃れることもできず、英語で言っても、英語はわからない、とか言って意に介していない。
どこかへ行こうとしているのか歩き出した男たちに焦るばかりで、どうすることもできなくて、恐くなって涙が滲んだ。
『手をお放し下さい』
静かな声が聞こえ、男たちは足を止めた。
「アー……」
『あ? なんだお前?』
俺が声を上げる前に男たちが問いかける。
『セイバー社令嬢の給仕係です。彼は、その方のご友人ですので』
『ちっ』
男たちにあっさり解放されて、その場にへたり込みそうになる。すぐに腕を引かれ、どうにか持ち直した。
『ご迷惑をおかけ致しました』
苦々しい顔つきの二人の男に頭を下げると、白銀の髪が幾筋か額に落ちていく。
迷惑をかけられたのは俺の方だ。なのに、どうして、そっちに頭を下げるんだ……。
顔を上げた鈍色の瞳が俺を捉え、
「こちらへ」
と、静かに腕を引いていく。案外近くにあったホテルの通用口から従業員用のエレベーターに乗せられた。
(アーチャー、だよな……?)
突然のことで声も出ない。
それに、他人行儀で無表情なアーチャーは、別人みたいで、どうすればいいかわからない。
エレベーターが静かに上昇していく。
作品名:Theobroma ――南の島で5 作家名:さやけ