EXIT
それくらい価値ある鉱石を、バリーたちは、数日前に掘り当てたのだから。
だから、政府による締め出しが執行される前に、バリーと穴掘り仲間たちがたっぷり潤うだけの鉱石を、できるだけ多く、早急に掘り出しておかなくてはならない。バリーが足を踏み入れた坑道だって、たった3日前に大急ぎで掘り進めたものだった。
洞窟の天井に数メートルおきにとりつけられた白い明かりに照らされて、新しい鉱石の出た層は、少し斜め奥に傾くような縞模様を描いている。
出っ張った腹をなでながら、その真新しい線に誘われるように、バリーは、今日掘られた新しい坑道の奥へと進んでいった。
違和感は、すぐにやってきた。
穴の奥から、岩壁に何度も跳ね返り、重なり合ったベルの音が、けたたましく響いてきた。
バリーは、最初、正午の休憩時間を知らせるベルかな、とのんびり思い、頭を振って、あわてて腰のガス検知計を覗き込んだ。
洞窟の中の湿気で白く曇っていたガラス面を、指でなぞると、バリーが一度も見たことのない、赤い数字がにじんでいる。
なにかで殴られたような衝撃に一瞬立ちすくんだバリーのところに、穴の奥から、男たちが駆け出してくる。
「お前ら、なにが、あったんだ!!」 一目散に逃げようとする作業員のひとりをとっつかまえると、大柄のバリーが首元をつかんで、締め上げた。
「…当てちまった、主任、でっかいガス層を掘りぬいちまった。ドライガスが噴出して、もう手におえねぇ。あんたも、引き上げろ。」
「遮蔽ドームは、どうしたんだ?」
「噴出す勢いがつよすぎて、使えねえ。どのみち、ここもすぐ限界濃度を越えちまう。穴ごと爆発したら、遮蔽ドームどころじゃねぇ!!」
作業員は、バリーを突き飛ばすと、仲間の後を追って走り出し、バリーは、一瞬で、状況を理解した。
大当たりなんてもんじゃない。穴の奥で掘り当てられたガス層から噴出した天然ガスが、洞窟内に蔓延し、いまやバリーの手元のガス検知計は、爆発濃度を示していた。
もしもいま火がつけば、一瞬で空気が燃え上がり、ガスの満ちた場所全部が、炎に焼かれることになる。
あわてて取って返したバリーは、洞窟の中から飛び出して、警報塔のところへ走りよった。
天井の高いこの場所に出ても、地面近くにたまったガスのせいで、検知計の数字はじりじりと上昇を続けている。
あぶら汗ですべるマイクを、口元に当てると、ピィーという耳障りな音が、7番採掘抗全体に響き渡った。
「全員聞け、バリーだ!! 7番採掘抗の可燃ガス濃度が限界を超えちまった!! 電源を落として、全員、隣接する区画へ退避しろ!! 爆発するぞ!!」
見渡す限りの作業員が、全員走り始め、すぐに、掘削抗全体を照らしていた照明が全部消えて、耳がじんじんするほど鳴り響く警報と、赤い非常灯以外には、何も見えなくなった。
「隊長、7番採掘抗で、地層からのガス噴出事故が発生。作業員退避のため、隣接区画へ降りるエレベータ全機の使用を要請しています。」
作戦会議中の全員が、ヒッグスのほうを振り向いた。ゼノは、ぐずぐずしなかった。
「当該エレベータ以外の全機を、避難用に再始動させ、下へ向かわせなさい。」
「了解。」
「こんなときに……。しかし、隣接区画とはいえ、急にエレベータを動かすと、犯人を刺激するかもしれませんよ。」
「だが、7番採掘抗から避難させる人間は数十名、人質4名とひきかえにする選択肢はないだろう。」
ざわめく会議室の中で、ファーストの各部門チーフの1人に、ゼノが問いかけた。「残りの人質2名の特定は、どうなりましたか?」
「両名とも、最下層の住民ですね。IDは、ありません。」 リストを見るふりをしながら、ファーストのひとりが答えた。
「送られてきたエレベータ内の写真を、パトロールに見せました。写りが悪くて、女はわからないが、子供のほうはときどき、物を盗みに下層街へ来ていたことがあるそうです。当然のことながら、IDゲートに記録はなく、通称名は、両名とも判明しておりません。」
「ふぅむ……IDなしねぇ。万一、当該エレベータが一機落ちたとしても、事故で片がつくかもしれませんな。」 ファーストのひとりが、注意をひくため、わざとらしく空咳をした。 「――いや、もちろん冗談ですがね。」
ゼノはかまわずに、部下たちの方へ向き直った。 「E班、囚人解放準備は整っているな?」
「囚人の護送、狙撃隊とも準備完了。命令が出れば、いつでもやつらを自由にできます。」
「わかりました。ただし、実際に解放するときは、囚人によく似たレンジャーを偽装させて、罠をしかけます。派手に解放準備を見せ付けなさい。解放のタイミングは、タイムリミットぎりぎりに設定する。」
「大喜びでやりますよ。反対に、囚人を迎えに来た反政府の連中を、残らず捕まえてみせます。」
「ゼノ隊長、しかし、ひょっとしたら、相手はダミー解放を予想してくるのではないでしょうか。」 それを聞いたヒッグスが、顔を上げた。
「ええ、ありうるでしょう。だが、解放されたのが仲間かどうかの確認までの間、うまくいけば、再交渉までの間、落下のリミットが引き伸ばせる。
危険の比重が変わったのです、7番採掘抗が炎上すれば、同じ穴にある当該エレベータも、爆発に巻き込まれかねない。
少し危険な賭けですが、この騒ぎに乗じましょう。
救助チームは、隣接区画からの避難者への救護にまぎれて、当該エレベータのあるホールへ。すぐに、人質救助の準備にかかりなさい。」
リュウは、岩壁にうがたれた最後の梯子段を、ぐいと踏みしめ、たどりついた穴ぐらの床に手をついて、背中にしがみついた少女を、そこに降ろした。
少女はすぐに、反対側の壁に手をついてしゃがみこんでいた母親の元へ走りよる。
体を締め付けていた、そでとそでとを結んだレンジャースーツをほどくと、やっと、まともに息ができるようになった。
岩壁をうがって作った高さ2メートルほどの横穴の奥は、天井近くの小さな常夜灯で照らし出すにはあまりにも深く、だんだん小さくなる赤い光の点が、2つの列を作って、黒い闇に溶けている。
わずかの間、岩壁に薄手のセーターの背中をもたせかけて、汗ばんだ体を冷やすと、すぐにリュウは、相棒の姿を求めて、立ち上がった。
後から登ってくるリュウを待たずに、横穴の奥へとずんずん進んでいくボッシュの背中を見つけると、しゃがみこんだ親子に、そこで待つように、と短く指示を告げて、その後を追う。
ガス検知器の薄明かりだけを頼りに進んでいるにしては、歩く速度が速い。
リュウは、息が切れるのもかまわずに、早足で、その隣へと追いついた。
「……気になるか?」
「当たり前だろ。」
「見ないほうがいいぜ。」
からかうように、ボッシュが唇を引き上げて、検知器をリュウに向かって放り投げ、リュウはあわててそれを受け取った。
「さっきより、ガス濃度が上昇してる…。」
そのとき、風向きが変わり、岩穴の奥から、かすかに採掘抗から響く警報の音が、2人の耳にも届いた。
「どうやら、この下の採掘抗がガス噴出の原因らしいな。もうすぐ、爆発濃度だ。下に火がつけば、この横穴もやばいぜ。どうにか、抜け出さないと。」
「戻って、また梯子を登ろうか。」