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リュウは、この無口な少女が、少しも恐れていないことを確信し、強い子だと思った。
「だいじょうぶ、怖くないよね?」
「この子、まだ7つなのよ。こんなところで、外に出るなんて、無理。さっき連絡があったじゃない、私たちは、何時間でも、ここで助けを待ちます。」
「…そういうわけにもいかなくて、じつは、あまり、このあたりでじっとしていられないんです。この付近のガス濃度が上昇していて、箱の中は密閉されているでしょう? できるだけ空気のいいところへ移動したいんです。」
少女が首を回して、初めて不安そうに、母親を見上げた。その母親は、言葉に詰まったように、タートルネックの喉の回りに右手を回している。
「平気ですよ、何時間も先の話ですから。梯子を5分も昇れば、横穴に着く。そこで、助けを待ちませんか?」
「…ねぇ、疑うわけじゃない、あなたはレンジャーだけど、いったい、いくつなの…?」
「必要な訓練は、受けています。それより、お2人の名前をきかせていただけませんか?」
「…私は、マリス。この子は、アイーシャよ。」
「俺はリュウ、上にいる相棒の名前は、ボッシュ。――アイーシャ、すばしっこいのは知ってるよ、よろしく。」
リュウの差し出した手を、少女はたっぷり5秒は見つめ、おずおずと右手をのばしかけたが、「おい!」と、そのとき、エレベータの上からボッシュの声がかかり、びくりとして、そのまま引っ込めてしまった。
リュウは、箱の外から差し込んでいた眩しいライトをさえぎったボッシュを、振り仰ぐ。
「ちんたらやってる場合かよ。急げよ。」
「わかった。……マリスさん、まず先に上がってください。そのあとすぐ俺がアイーシャといっしょにのぼりますから。」
「え、ええ。いい? アイーシャ?」
少女が強くうなづいたのを見て、母親はリュウのほうに向き直って、天井の穴の下へと進み、頭上1メートルほどの四角い穴のふちへと手を伸ばした。
リュウが、指と指を組んでかがみ、組んだ手のひらの上に母親の右の靴先を乗せると、細身の母親は、エレベータの壁に左手をつき、案外身軽に、穴のふちに指をかけた。
バランスをとったまま、リュウが勢いをつけて押し上げると、なんとか母親の上半身が外に出た。
落ちないよう、二つ折りに身を折って体勢を立て直した母親は、足で何度か宙を蹴ると、腕の力で身を起こし、ようやく箱の中から上へと抜け出た。
リュウは、ボッシュのいる箱の外へと声をかけ、母親の無事を確認すると、少女の方へとゆっくり近づいた。
「ほら、肩に乗って、登るんだ、いいかい?」
少女は驚くほど軽く、リュウは、肩車で持ち上げたあと、両手のひらで、少女の履いたワークブーツの底を押し上げた。
アイーシャが、天井の四角い穴から上へと登りついたので、最後にリュウが、はずみをつけて、天井の穴に跳びつき、ようやく閉鎖された箱の中から、上へと全員が這い出した。
吹き上げる風の壁に四角く区切られたエレベータの上では、母子がすくみあがって、エレベータを吊るしている太いワイアに掴まっている。
一番近い岩壁の方へと、頭をつき出したボッシュの金髪が、上へと流れていた。
躊躇することもなく、すぐさま、エレベータの上から、約1.5メートルの距離を、たん、と身軽に、ボッシュが跳んだ。
岩壁から突き出した幅50センチほどの四角い金属のバーを、両手でつかみ、右足をその数段下のバーにからませて、エレベータの上にいるリュウへと、首を振る。
「ほら、だいじょうぶでしょう? マリスさん、先に跳んでください。俺がアイーシャをおぶって跳びますから。」
リュウが背中に手をかけると、母親は、びくりと体を硬くした。無理もない。
「下を見ないで、さっき彼がやったみたいに、バーを掴むことだけ考えるんです。掴んだらすぐ、腕をからませてください。」
「ええ。……先に行くから。」
少女が無言でうなづくと、マリスは、四つんばいのまま、端まで進むと、風に押されてふらつきながらも、なんとか立ち上がった。
岩壁にとりつけられた金属のバーを、数段登ったところで、ボッシュが待ち受ける。
マリスは、思い切りよく、いきなり、ふわりと、跳んだ。
一番近くのバーを掴み損ねたところを、ボッシュが手首を掴んで、梯子に引き寄せる。
それで、母親のほうは、壁から突き出した数十センチのバーに、しがみついた。
リュウが、思わずつめた息を吐き出し、心配して少女のほうを見ると、アイーシャは、あいかわらず感情の浮かばない瞳を見開いたまま、虚空の向こうの母親の背中を見つめている。
リュウは、自分のジャケットから腕を抜き、少女の背中にかけた。
暗くて深い道のりを昇ってきた風が、中身のないジャケットの腕の部分をはためかせている。
「きみは、ずいぶん強い子なんだね。次は、俺たちの番だ。背中につかまって。」
おずおずと細い腕が、かがんだリュウの首の周りに回された。
それでも体をあずけようとしない少女を、乗っけるように背負いなおして、リュウは背後に手を回し、はためいていたジャケットの左右のすそを、自分の前までひっぱってくると、腰の位置できつく結び合わせた。
顔を上げて、前を向くと、ボッシュが母親を誘導して、岩肌にとりつけられた梯子を十段ほど、先に上へと登っていくのが見える。
リュウが、少女を背負ったまま、立ち上がると、背中の少女が、リュウの首の辺りに顔を埋めるのを、感じた。
セーターの首の辺りが、小さな手でぎゅっと握り締められて、急に息が苦しくなる。
そのまま、反対側の端まで歩くと、数メートルの助走をつけて、少女をおぶったリュウは、岩肌へと跳びつこうと、エレベータを蹴った。
そのとき、「がこん」という音とともに、足もとのエレベータが、突然、なくなった感じがした。
リュウの背後で、しゅるしゅる、とワイアが鳴る音がして、エレベータとともに下向きに落ちる風に、虚空に出たリュウは下へと引っ張り込まれた。
「リュウ!」 ボッシュの鋭い声が飛び、上へと遠ざかっていく。
掴むつもりだったバーが、目の前から上へと流れるのを見ながら、リュウは、突き出た梯子に体をぶつけ、数段分の距離を落ちて、ようやく右手で、バーを掴んだ。
少女の重みが、重心を後ろの虚空へと引っ張っている。
少女を落とすまいと梯子にしがみついたリュウの背後で、ふたたび動き出したエレベータが、底のない暗闇へと降りていった。



4.

 7番採掘抗のいちばん底で、いくぶんの尊敬と愛情と、ちょっぴりの揶揄を込めて、7番抗の主任と呼ばれているふとっちょのバリーは、新しく掘られた坑道への入り口に蓄光性のペンキで書かれた”7”の数字を、満足げに見上げた。
申し分なく、いい番号だ。
穴掘りの仲間たちが一生に一度はと憧れるような大成功を,、バリーにもたらす数字だった。
その大当たりがわかってからというもの、バリーは、同じ坑道で働く連中をはげまして、寝る間も惜しんで、掘削作業を続けさせている。
この採掘抗で、珍しく貴重な鉱石の層を掘り当てたことは、そろそろ下層街の噂に上り始め、政府の連中の耳にも届くだろう。
いまは上納で満足している政府の役人が、欲を出して、坑道まるごと政府の管理下におこうとすることだって、ありうることだとバリーは思っていた。
作品名:EXIT 作家名:十 夜