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「そうだよ…もの凄いチャンスじゃないか!」
その言い方に、ジョンとリュウはやっと笑い出した。
「本気で言ってやったのに。」
「ごめんごめん、ちょっと思いつかなくて。」
「案外すぐ上層へ逃げ帰るんじゃないのか? こんな下層じゃ暮らせない!ってさ……。」
「さぁ、どうかな。きっと、そのときはマックスを連れて行くんだろ?」
「こんな馬鹿なやつらと組むより、ずっと、ましさ。」
むくれるマックスをさらにからかおうと、ジョンが身を低めたとき、リュウは、ロッカールームの入り口の前を通り過ぎる人影を見た。
額も頬骨も鼻も高い位置にあり、肌がとびぬけて白い。
薄い唇を引き結んだ横顔は、冷徹にさえ、見える。
ただ、下層街ではめずらしい金色の髪が、いろいろの色を含んで光を放ち、その表情を複雑なものに見せている。
「リュウ?」
リュウは手をのばして、向かい合わせになったジョンのロッカーの扉を閉め、ふたりを残したまま、ロッカールームを出た。
ロッカールームの前の廊下を曲がったところで、早足で遠ざかる新しいパートナーに、リュウはようやく追いついた。
「…なんだ?」
「いや、話があったんじゃないかと思って。」
振り返った身長は、リュウとさほど変わらない。
だから、目線は変わらないはずなのに、あごを引き上げ、目を細めて、相手を見る癖があるんだな、とリュウは気付いた。
「…そうだな。いちおう、言っておく。」
「?」
「宿舎で、同室だとさ。俺の荷物は今日、届く。
片づけが終わったら、俺も宿舎に入ることになるそうだ。」
「そうなの? じゃ、俺も今日はまっすぐ帰るよ。荷物運び、手伝おうか?」
「必要ないさ。もう、届いているはずだ。」
「そうか。でも、宿舎にまで入るなんて…徹底してるんだね。驚いたよ。」
「驚く? そうだな。」
ボッシュは、いらいらと時計に目をやった。
「引き止めて悪かった。じゃあ、宿舎で。」
「あぁ、俺は明日の朝から合流する。またな、リュウ。」
そう言って足早に立ち去るボッシュを捕まえておかなかったことに、リュウはすぐに後悔することになる。
宿舎の自室の前でリュウを迎えたのは、廊下をふさぐほどの人だかりだった。
「…どうしたんです?」
あわてて、人垣をかきわけようとしたリュウに、振り向いた先輩レンジャーの冷たい視線が突き刺さる。
「おい、新米。なんだ、あれは?」
「あれって…。」
目に飛び込んできたのは、リュウに割り当てられたレンジャールームから、廊下にまではみ出した大きな荷物。
優雅なカーブを描いた足をもつテーブルが廊下の前に置かれ、ビニール袋で覆われた明らかにまっさらのキングサイズのベッドが、横になって戸口をふさぎ、そのほとんどを部屋からはみ出させている。
「す…、すみません、通してください。」
あわてて見物人をおしのけて、部屋にたどりついたリュウは、部屋の中に入り、今度はところせましと置かれた荷物をかきわけるはめになった。
「あーやっと、帰ってきた。あの、受け取りのサインをここにー。」
一服吸いながら、部屋の奥で荷物にはさまれて途方にくれていたようにも見えた一人の男が、梱包した箱から腰を上げ、リュウを迎えた。
「受け取りって…、これ、どこから来たんです?」
「うちは普段上層しか扱わないんだけど、たっての希望ってことで。受け取る人がいなくて、ちょうど困ってたところなんです。」
「この荷物……」 リュウは嫌な予感がした。
配送係の男から受け取った宛名には、予想どおりの名前が書かれている。リュウは、頭を抱えた。
「この部屋に全部入るわけないでしょう? いまだって、座る場所すらない。」
「でも、配達を頼まれたんですから、受け取ってくださらないと困ります。」
「これは、俺のじゃないから、受け取れません。」
「そんな……せっかく、ここまで運び込んだんですよ? また、下層に来いっていうんですか?」
男が泣きそうな顔をする。その腰のホルスターに、でかい護身用の銃が差し込まれているのを、リュウは見た。
飾りにはなるが、素人にはあつかえない、見掛け倒しの銃だ。
「ともかく、廊下にはみ出ている分だけでも、持ち帰ってください。廊下が通れないでしょう?」
男は、ぶつくさ言ったが、ついにはあきらめて、仲間を呼び、派手にはみ出ていたベッドやら、洋服ダンス、バーカウンターセットを引き取り、しぶしぶ帰っていった。
「よい身分だな、新米。」
最後には同じ階にすむレンジャーから、そんなふうに肩を叩かれて、リュウは溜息をつくしかなかった。
ようやく扉は閉まったものの、部屋には梱包された荷物が、まだまだうずたかく積まれている。
この部屋に入るとき、リュウがもってきたスーツケースは、ベッドの上に投げ込まれていた。
それを引き出して、ベッドの足もとに置くと、リュウは、二段ベッドの下段に横になり、ようやく息をつく。
部屋の中には、新しい荷物特有の、ほこりっぽい匂いが満ちていた。
額に腕を置き、目を閉じて、リュウは、思い浮かべていた。
目を引く明るい金髪が、高い頬にゆるくかかり、薄い唇を強く引き結んでいる横顔。
迷いのない、自信たっぷりの隙のない足取り。
人に向かうときにも、下にさがったりしない強いまなざし。
短く刈り上げられた首筋に刻まれたまっすぐの青いライン。
とても綺麗で、なにもかも、リュウにはないものだ。
リュウは、暗闇の中で、自分の手を透かしてみた。
子供の頃にあきらめたはずの、なつかしい痛みが、リュウの胸を焼く。
(あれが、俺のパートナー? あんな人種、会うのも今日が初めてだろ。)
それ自身が、まるでなにかの冗談のようで、途方に暮れたリュウは、どこへ踏み出すかわからない明日にとりあえず背を向け、丸くなって眠りについた。
 翌日は、早かった。リュウは、目を覚ますとすぐに、機敏に身支度を整え、新しいパートナーとの初任務に備えて、部屋を後にした。
新米仲間とは挨拶をかわしただけで、ロッカールームで手早く着替え、レンジャー施設の勤務シフトを確認し、配属先のエドマンドの指示を仰ぐために、彼の元に向かった。
エドマンドは、手元の勤務シフトにちらと目を通し、リュウに今日のパトロール場所と時間を告げただけだった。
「あの…。」
「なんだ? まだぐずぐずしてる気か。武器庫で装備を整えて、街へ降りて来い。
パトロール先は、資材倉庫だ。仕事は体で覚えろ。」
「了解! しかし、本日のパトロール任務は単独ではありません。」
「あぁ、ボッシュ1/64か…。ま、来たらめっけもんだ、くらいに思え。
言っとくが、自分をやつと同じだなどと思うなよ、リュウ1/8192。
わかったら、さっさと行け。」
リュウは、尻を蹴飛ばされたような気分で、敬礼を返した。
いつものことだ。
レンジャーになったからといって、変わるわけではない。
いつもの、下層街のルール。こんなことで、なにかを失うわけじゃない。
リュウは、自分の身分で手に入るだけのありったけの武器を(といっても、もちろん自分の手に余る武器は慎重に避けて)、武器庫から借りだし、レンジャー施設を出て、資材倉庫へと向かった。



作品名:EXIT 作家名:十 夜