【APH】望む落陽 まだ見ぬ夜明け
自分への死刑宣告書等しい調印書に、皇帝がサインを印すのをぼんやりと神聖ローマは見ていた。紙面から、尖ったペン先が離れるのと同時に、心臓を穿った見えない剣が引き抜かれた。
…ああ、これで、楽になれる。
遠のいていく意識。…そう思った。
でも、剣は神聖ローマの心臓を完全に貫いていたわけではなかった。
まだ、死ねない。…あの子と。
『ローマになっちゃ、だめだよ!!』
戦いが終わったら、あいに行くって…。
『まってる、まってるよ。いっぱい、おかしつくってまってるね!』
…やく…そく…した、んだ。
強い想いが、神聖ローマを引き止める。それに、神聖ローマは足を止めて、振り返った。
スカートの裾が揺れる。涙に濡れた頬。
おれはお前を泣かせてばかりいるな…。
ごめん。やくそく、守れなかった。このさき、果たせそうにない。
…イ…タリア、ごめんな…。
次第にぼやけて失われていく輪郭。崩れておちて、白い靄が神聖ローマの視界を遮った。
…おれは、だれに謝ってるんだろう?
泣きながら、おれに手を振ってくれたあの子は誰だったのかな?
徐々に抜け落ちていく記憶。曖昧になる。自分が何者だったのかさえ、解らなくなっていく。
…それよりも手が冷たい。身体が冷たい。寒い、寒いな。
ここはどこだろう?
辺りを見回す。白いばかりで何も見えない。そして、酷く冷たく寒い。神聖ローマは外套の襟を掻き合せた。靄が徐々に色を変え、足元から黒く染まっていく。
…あぁ。…死ぬのか。
そう理解した瞬間、自分を繋ぎとめていた何がが、
ふつりと切れる、
音、
が、した。
「…しぬのか。おれは」
やっと…。安穏の心地に神聖ローマは呟く。
「何を言っているんですか。まだ、神聖ローマ帝国は存在しているではありませんか」
呟いた言葉に返事が返ってきて、まだ、自分のそばに寄る者がいたのかと思う。こんな価値なき、死んでいく国に寄り添う者がまだいたか。神聖ローマは小さく笑った。
「……そんなもの、はじめからなかったんだ」
作品名:【APH】望む落陽 まだ見ぬ夜明け 作家名:冬故