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32 Dinner1~癒しの乙女

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「もう、子ども扱いして!」


「あまり可愛らし気なことを言うから、からかってみただけだ・・・何か、困ったことや要望があるならば遠慮なく言っていいのだぞ?つまらぬ遠慮などしていると、ストレスで戻るはずの記憶がどこかでまた滞ってしまうやもしれぬ」

―――ずるいんだから・・・。

からかわれてムキになり嚙みついた相手は、ポーカーフェイスでこちらの心を鷲掴みにするような気遣いを見せる。
席に着きシェリー酒を少しだけ嘗めながら、ユリアはきまり悪げに上目遣いでレオニードを見つめた。

「・・・ありがとう。遠慮なんか・・・ただここでの暮らしは恵まれすぎて、申し訳ないような気持ちになるだけ」

「そうか・・・恵まれすぎている、か・・・」


「・・・でも!あなたが冗談を言うなんて意外だった・・・」

レオニードの様子に少し陰りを感じたユリアは、色とりどりのザクースカがのった皿がサーブされたタイミングで話題を戻す。

「なんだ・・・私を血も通わぬ冷酷無比な人間と?」

レオニードも口元を緩め、グラスに口をつけたあと返した。

「ううん・・・リューバがこの前ね、あなたは軍や政府内では〈氷の刃〉の異名で切れ者として畏れられてるような人だって。〈切れ者〉はわかるけど・・・ボクはちっとも怖くないって言ったら笑ってた。あの氷が溶けるのを近頃久しぶりに見ることができるのはあなたのせいですか、って」

「・・・・・」

「ずるいな。あなたみたいな人がたまーに言う冗談は、普通の人が言うよりずっと効果的だから!人間臭くて素敵だよ!」

―――リューバの奴・・・余計なことを!

首から上が熱くなるのを感じながら、レオニードは面と向かって「素敵」などと言われ動揺する自分に狼狽えるが、いいタイミングで・・・。

「もうお下げしても?」

ターニャがザクースカの皿を下げようと間に入った。

―――フ・・・。

「ありがとう、ターニャ」

「待て、ユ,いや、イゾルデのはまだいい」

ユリアの皿には、レバーペーストに見栄えよくハーブの葉をあしらったカナッペが、ポツンと一つだけ残されたいた。

「い、いいんだ。残してごめんね、ターニャ」

「ダメだ、食べなさい!」

困ったターニャが、主人と少女の顔を交互に見ながら皿に手を伸ばしたり引っ込めたりしている。

「レオニード・・・ボク、なぜだかわからないけどこの味は多分ずっと好きじゃなかったって確信があるの・・・。ここにきて初めていただいた瞬間ダメだった。だから・・・」

「・・・知っている。おまえが好むのは・・・甘いものの他は葉物野菜やキノコ類、魚類とスープの類。イモ類も苦手で、肉もあまり。そしてレバーに至っては完全無視。なにか反論は?」

いつもの主人の説教めいたご託が始ったとばかりに首を竦めると、ターニャはそそくさと台所に消えた。

「よ、よく知ってるね・・・でも仕方ないよ。きっとこれはボクの本能だろうから・・・」

「・・・おまえが好むものは身にならないものばかりだ!だからそんな・・・いやすまぬ。リューバはな、女だが信じられないほど肉を食うぞ?逆に野菜類は食わず肉と乳製品ばかり・・・あいつの場合は民族的嗜好が大きいが・・・とにかく、見た目は良くなっていてもまだ完全ではない。体の回復の為にも血となり骨となる食材は残さず食べるのだ!」

「・・・・・」
―――もう・・・でもお父さんて、こんな感じ?

思わぬ展開に圧倒されながらも、今の彼女の記憶にはない「お父さん」が目の前に現れた気がしたユリアは、しぶしぶとカナッペに手を伸ばさざるを得なかった。

「・・・ムグ・・・」

「いいコだ。褒美はなにがいい?」

「また子ども扱い・・・」
―ゴックン!

台所から様子を窺っていたターニャは、その展開と主人の初めて見る甘い表情に面白くなさそうな様子で皿を洗い始めるのだった。
席が近づいたせいか、いつもより会話も弾みゆっくりと和やかに食事はすすむ。
途中、あまりのペースの違いに気を揉んだ料理番が、ダイニングの様子を窺い見るほどであった。

「案ずるなスチェパン、とても美味いぞ」

「へえ・・・それはようございました」

普段は不愛想な主人だがこういう気遣いのできるさりげない一面を古くからの使用人たちはよくわかっており、何代か続きで仕える者達も珍しくないのは、永く栄え続けてきた家の当主として、レオニードもまた彼らとの距離を見極め信頼を得てきたからであろう。

「ごちそうさまでした!」

「だいぶ顔色がいい。効果てき面ではないか?」

「ふふ、そうかもね・・・」

楽しい時間はあっという間に過ぎ、食後のお茶を名残惜しい気持ちでゆっくりと味わっていたのはユリアだけではなく・・・。

「あなたは、生れて来た時からずっとこんな素晴らしい食事を食べてきたの?」

唐突な質問に面食らいながらも、レオニードは途切れなかったひとときに安堵し続けた。

「そうだな・・・しかし士官学校に入ってからは、訓練の野営や遠征などで、周りと同じ庶民的な食事を取ることもあったぞ?キャベツばかりが入った酸味の強いスープや堅い黒パン、肉が異様に少ないペリメニ・・・ああいった場合の食事は楽しみではなく義務だと命じて食すようにしてきたものだ」

「ふうん、あなたらしい。ペリ、メニ・・・?」

ユリアは急に何か思い出そうとするかのように目を閉じ、ゆっくりと首をひねる。

「無理をするな、頭が痛いのか?」

レオニードは息をのみ様子を窺った。

「大丈夫・・・でもね、少し思い出したかも。ボクは多分ここに来る前はあんな豪華な食事は食べていなくて、もっと素朴な、庶民的なものを拵えていたと思う」

「拵えて・・・?」

「そう。この頃ね、スチェパンがお料理するのを覗いてて気づいたんだけど・・・ボク、お料理の仕方は憶えているみたいなんだ!ねえレオニード、今度お料理をしてみてもいいかな?」

「・・・あ、ああ。そうなのか・・・?うむ、記憶が戻るきっかけになると・・・いいな」

「うん!」

ふと表情を曇らせたレオニードには全く気付かず、料理への挑戦に胸をときめかせるユリアであった。

作品名:32 Dinner1~癒しの乙女 作家名:orangelatte