永遠にともに 1
まだ若い研究者は助手として研究に参加していた。上司である研究者達に逆らう事も出来ず、ただ苦しむ少年を見つめていた。時折助けを求める様な瞳を向けられたがどうにも出来ず、ただ目を逸らした。
唯一できた事は実験が終わった後、傷の手当てをし、労う事だけだった。それでも、彼はそんな自分にお礼を言った。
「正直、ここにアムロ・レイを連れて来るのは迷いました。しかし、ブライト艦長を始め元ホワイトベースのクルーには監視の目がついていましたし、彼には家族もいませんでしたから他に連邦の追っ手から逃れる場所が思い付かなくて…。」
アーネストはちらりとシャアに視線を向ける。
「以前、アムロ君からシャア・アズナブルから同志になれと言われた事があると聞いたのでそれに賭ける事にしたのです。」
それを聞き、シャアが目を見開く。
「彼がそんな事を?」
「はい。いっそあの時手を取っていればよかったとも言っていました。」
シャアはアムロの顔を見つめて思う。
ならば彼を私の側に置こう。同志として共に戦えばいい。
「ここに連れてきたのは正解だったのでしょうか?あなたのおかげでこうして蘇生をさせる事が出来ましたが、今後アムロ君をどうするおつもりですか?」
アーネストの問いにシャアはふふんと笑う。
「正解だ。私は彼に危害を加えるつもりは無い。彼は貴重なニュータイプだ、決して悪いようにはしない。安心したまえ。」
アーネストはホッとすると「ありがとうございます」とシャアに礼を述べる。
その姿にシャアはこの男の処分を取り消す指示をキグナンへ出さねばと思う。
少なくともこの研究者はまともな人間だった様だ。シャアはもう一度アムロの顔を覗き込むとその部屋を後にした。
それから数週間が経ち、シャアの元にキグナンから連絡が入った。
「アムロ・レイが目を覚ましました。」
シャアは急ぎ屋敷へ戻るとアムロのいる病室へと向かった。
扉を開けるとベッドの背を斜めに上げた状態で上半身を起こしたアムロ・レイがいた。
シャアは一瞬扉の前で足を止め、その姿に息をのむ。そして、軽く深呼吸をするとベッドの側まで足を進めた。
ベッドの横まで行き、アムロの顔を見つめる。
アムロはまだ意識がはっきりとしていないらしく朦朧とした表情で瞳の焦点が合っていない。
そのアムロに視線を合わせる様に屈み込み、瞳を覗き込む。
そして、その名を呼んだ。
「アムロ・レイ…」
その声にアムロはビクリと肩を震わす。
そして声のする方へ顔を向けた。目の前にいる金髪に濃い色のスクリーングラスを掛けた男に視線を向けるとそれまで焦点の合っていなかった瞳が焦点を結び始め、その色を取り戻していく。
シャアはスクリーングラスを外し、そのスカイブルーの瞳をアムロに向けると、もう一度アムロに呼びかけた。
「アムロ・レイ」
アムロは瞳を見開き、体を震わせながらまだ自由の効かない手でシーツを握る。
そして掠れた声で目の前の男の名を呼んだ。
「シャ…ア…」
実際に素顔を見た事はなかったがアムロには分かった。目の前のこの男がかつて赤い彗星と呼ばれた好敵手、シャア・アズナブルだと言う事が…。
その様子にそばで見ていたアーネストが驚愕の目を向ける。
ーーーアムロ・レイが反応を示した!?実験の後期には何の反応も示さなくなり、言葉さえも話す事が出来なかった彼が反応を示した!それどころか、声まで!
「…な…ぜ…?」
アムロは自分の状況が理解出来ず混乱していた。
シャアは震えるアムロに優しく微笑みかけると
「ここは研究所では無い。誰も君に危害は加えない。安心して休むといい」と語りかける。
「研…究所じゃ…ない?」
「ああ、そうだ。だから心配するな。」
その言葉に、アムロの体から力が抜けていき、目を閉じるとそのまま気を失うように眠りに落ちていった。
「眠ったのか?」
シャアが確認すると医師がアムロのバイタルを管理するモニターに目を向ける。
「そのようです。まだ体力が回復しきっていませんから暫くは眠ったり、起きたりを繰り返す状態でしょう。」
「そうか…。」
シャアはアムロの頬に手を当てるとその体温に安堵する。
「生きているのだな…」
シャアはそう呟くと、隣で驚愕の目を向けていたアーネストに気がつく。
「どうかしたのか?アーネスト・フォース」
シャアに呼び掛けられ、アーネストがビクリと反応する。
「あ…、いえ。アムロ君が反応を示したのに驚いて…。実験の後半頃には彼は完全に心を閉ざして何も反応を返せない状態でした。まして声を発するなんて…。貴方はアムロ君にとって余程大きな存在なのですね…。」
アーネストは驚きと共に少し悔しげな顔をした。
アーネストは自分が幾ら呼びかけても何の反応も返さなかったアムロがこの男のたった一言に反応を示した事に嫉妬を覚える。
「明日から徐々に覚醒を促し、体力が戻ったらリハビリを始めましょう。」
アーネストは平静を装いシャアに告げる。
シャアはその様子に思うところがあったが特に詮索する事はなく「また来る」と告げて部屋を後にした。
それから数週間、アムロの覚醒時間は徐々に増えていき2、3時間おきに眠りに落ちてしまうが起きている時間は少しづつ手足を動かすリハビリを行い、食事も出来るようになってきた。
会話も出来るようになり、アーネストから今に至る経緯も聞いて理解していた。
「アムロ君、食事だよ。食べられるかい?」
アーネストはアムロの前にスープを差し出すと
スプーンで掬って口元に運ぶ。アムロはそれを口に含みゆっくりと吞み下す。
それを何度か繰り返すとアムロはもう要らないと首を横に振る。
アーネストに口元についたスープを拭って貰うと小さくお礼を言う。
「ありがとうございます。」
微笑むアムロにアーネストは笑顔を返すとそっとアムロの手を握る。
「アムロ君、僕の手を握り返してみて?」
アムロはまだ上手く動かない指を必死に動かし手を握り返す。
「うん。随分力が入るようになってきたね。次は専用のスプーンを用意するから自分で食べる練習をしよう」
「はい。」
アーネストは食器を片付けるとアムロの体温や血圧を測り、手足のマッサージを始める。
「少し肉が付いてきたね。まずは食事をとって体力をつけよう。それにこうやって固まってしまった筋肉をほぐしてやれば少しづつ手足も動くようになるよ。」
自分に優しく触れる手にアムロは暖かさを感じる。
「アーネストさん、ありがとうございます。」
「いいんだよ。僕がやりたくてやっているんだ。君がこうして快復してきているのが嬉しいんだ。」
アーネストの笑顔と心地よいマッサージにホッとしたのかアムロはまた微睡み始め、眠りに落ちていく。
完全に寝入ってしまうのを確認するとアムロに布団を被せる。そしてアムロの唇に己のそれを重ねた。
『アムロ…。君は僕の物だ…僕だけの…。』
部屋を出ようと振り向くと、扉に背を預け腕を組んでこちらを見つめるシャアがいた。
「アーネスト君、アムロの具合はどうだ?」
「っ、シャア大佐…。はい、食事も少しづつですが取れるようになってきましたし、手足も動かせるようになってきました。」
『見られていたか?…いや、あの角度からでは分からない筈だ…。』