永遠にともに 1
アーネストは動揺を悟られぬ様に平静を装い答える。
「そうか…、今は話せるか?」
「あ…、すみません。今眠ってしまいました。」
「では、顔だけ見て来るとしよう」
そう告げるとシャアは部屋の中へと入って来る。
アーネストはシャアに続いて部屋に戻ろうとするがシャアに止められる。
「ああ、アーネスト君はあちらで休んでいたまえ。暫くは私が見ていよう。」
そう言われてしまい立場上NOとは言えずアーネストは渋々部屋を後にした。
その様子にシャアは一つ溜め息をつくと、その後ろ姿を見送る。
『彼のアムロへの執着は些か過剰過ぎるな…。それに先程のあれは…そういう感情をアムロに持っているのか?』
シャアは何か心に黒いものが広がるのを感じた。
『なんだ、この感情は…。これではまるで…。』
そんな自分の感情に戸惑いつつ必死に蓋をする。
アムロの元まで歩み寄るとベッドサイドの椅子に座りその寝顔を見つめる。
『私は彼を側に置いてどうしようというのだろうか…。同志として共に戦いたいとも思うがそれだけだろうか…。ララァのように私を導いて欲しいのか?それとも…。』
ーーただ、これだけは思う。アムロ・レイをもう決して手放す気は無いと…。
シャアは19歳にしては幼い顔を見つめ考える。
「しかし、サイド6で会った時も思ったが可愛い顔をしているな」
思わずあらぬ事を考え直ぐに打ち消す。
『何を馬鹿な事を考えている。彼は男だ!それもアムロ・レイだぞ!』
そちらの経験が無いわけではなかったが思わず浮かんだ己の思考を振り払う。
暫く様子を見ているとアムロの表情が歪み始めた。額には汗が浮かび呻き声を発する。
「夢を見ているのか?」
「うう…、りゅうさ…ん…マチルダさん…スレッガーさ…」
シャアはアムロの額の汗を拭き、起こそうと肩に手をかける。
「ララァ…」
その名にシャアの手が止まる。
「僕…は取り返しの…つかない…事を…」
アムロの瞳から涙が溢れる。
「アムロ…!」
シャアの声にアムロの涙に濡れた瞳が開く。
すると目尻に溜まっていた涙が頬に伝い落ちた。そして遠くを見つめて右手を伸ばす。
「もう…あんなのには…耐えらない…僕も…ララァのところに…連れて行って…」
「アムロ!!」
シャアは思わずアムロの伸ばした手を掴み、そのまま握りしめる。
アムロはゆっくりとシャアに視線を向ける。
「シャア…、貴方が…僕を殺すの?」
「違う!そんな事はしない!」
「何故?僕はララァを殺してしまったのに…」
「もういい!いいんだ!」
「リュウさんも…マチルダさんも、スレッガーさんも死んでしまった…。僕もあんな風に死ぬのかな…、やだ…怖い…」
アムロはガタガタと震え出し、大きく息を吸い込んだと思うとヒューヒューっと息を吸う呼吸音と共に呼吸が上手く出来ずに苦しみ出した。
「過呼吸か!アムロ!大丈夫だ、ゆっくりと息をしろ!」
アムロの口元を手で覆い過剰に息を吸い込まない様にするとゆっくりと呼吸をさせる。徐々に呼吸が落ち着き発作が治まって行く。
アムロはそのままぐったりとシャアに身体を預け浅い呼吸を繰り返した。
「落ち着いたか…?」
アムロはシャアの胸に顔を埋めその心臓の鼓動に耳を傾ける。
『暖かい…。なんだろう…すごく落ち着く…。』
アムロは目を閉じるとそのまま眠りに落ちていった。
シャアはアムロの華奢な身体を抱きしめ、その柔らかな癖毛にキスを落とす。
「あのガンダムのパイロットがこんな子供だなどと誰が思っただろうか…。わずか15で戦場の恐怖を味わい、人の死に直面して…おそらく正規の軍人ではなかったろうに…」
そのまま暫く抱き締めた後ベッドに寝かせると、頬を濡らす涙をそっと拭った。
そうして数ヶ月が経ち、アムロは身の回りの事は大体自分で出来るほどに快復した。
まだ長時間歩く事は難しいが屋敷内や庭を散歩する程度には手足の筋力も付き、リハビリを兼ねて毎朝朝食の前に庭を散歩するのが日課になっていた。
シャアの屋敷には宇宙には珍しく大きな犬がいる。茶色の長い毛並みのその犬はアムロが庭に現れると必ず側に寄り添い一緒に庭を歩く。
そしてベンチの近くまで行くとアムロの服を咥えてベンチへと連れて行く。
「ふぅ。ありがとう、ルシファ」
アムロは庭のベンチに座るとその大型犬の頭を撫ぜる。
「お前、本当に賢いなぁ。いつも僕の歩調に合わせてくれるし、僕が疲れたらこうしてベンチに連れて来てくれる。」
ルシファはアムロの膝に頭を擦り付けて甘える。
「ふふ。いい子だね。それにルシファって綺麗な名前だね。」
「昔、妹が飼っていた猫の名前なんだ。」
木の影からシャアが姿を現した。
「あ…。」
アムロは少し緊張した面持ちでシャアを見上げる。
シャアはオフホワイトのシャツにスラックスといったラフな服装でアムロの前に立つ。するとルシファは飼い主であるシャアの足元にじゃれ付いた。
「セイラさんの…?」
「ああ。あの子は黒猫だったがね。隣に座っても?」
「あ、は、はい。どうぞ」
アムロは少し右にズレてシャアの座るスペースを空ける。
「ありがとう」
シャアはアムロの横に座るとルシファの頭や耳の後ろを撫ぜる。
「大分体調が良くなって来たようだな。」
「は、はい。おかげさまで…。」
シャアはバイザー外すと胸ポケットにしまい、そのスカイブルーの瞳をアムロに向ける。
「そう緊張するな。とって食ったりはしない。」
クスクス笑うシャアにアムロは緊張を隠せない。
シャアは2、3日に一度はアムロの元を訪れる。自分の屋敷なのだから居て当然なのだが、忙しいのか屋敷に戻るのはそのくらいの頻度だ。
つまり、屋敷に帰ると必ずアムロの元を訪れているのだ。そしてアムロはそのシャアの訪れを心待ちにしている自分に気付く。敵だった彼に何故そんな気持ちになるのか分からなかったが胸を締め付けるこの感情は本物だった。
『何故、僕はこんなにもこの人に会いたいと思うのだろう…。助けてくれたから?優しくしてくれるから?それともこの人の事が…。』
「あの…」
アムロは口を開きかけたものの目を泳がせて言い淀む。
「なんだ?何か聞きたい事でも?」
アムロは少し悩んだ後、言葉を続ける。
「あの…、どうして僕を助けてくれたんですか?ここはジオンの要塞なんですよね?アーネストさんが僕をここに連れて来たとはいえ、何故?」
シャアは上目遣いにこちらを見上げるアムロにドキリとしながらもその問いに答える。
「そうだな…。何故と言われると分からないが、君を助けたいと思った。他の選択肢は思い付かなかったな。正直自分でもどうしてそう思ったのかはよく分からない。」
「はぁ…。」
シャアの答えに納得したようなしていないような気持ちだがそれ以上は何も言えなかった。
「今後も君には私と共にいて欲しいのだが君はどうしたい?」
シャアの質問にアムロは戸惑う。
「え…。僕を側に?でも…ここにいて良いんですか?僕はジオンの兵士を沢山殺したんですよ。きっと僕を恨んでいる人はここには一杯いるはずだ…。」
「そうだな…。しかし、まずは君の気持ちが聞きたい。君はどうしたいんだ?」