39 子供の情景
「動物園、楽しいね」
「うん」
「ムッターも生まれて初めて動物園に来たけど…、こんなに楽しいとは想像もつかなかったよ。初めての動物園に…ミーチャと一緒に来れて、ムッターよかったな」
はしゃぎ疲れた二人は、通路のベンチに並んで腰かけ、行き交う人々や売店の様子を眺めていた。
通りに出ている売店ではおいしそうな焼き栗やキャンディ、ホットドリンク、それに色とりどりの風船などが売られている。
焼き栗を頬張りながら歩く人を眺めていたミーチャのお腹がグウゥっと鳴った。
「…はい」
そんなミーチャに、ユリウスがハンドバックから縞模様の包みを取り出しミーチャの小さな掌に載せた。
―それは…今回のお助け便に入っていた、チョコレートだった。
縞模様の包み紙に包まれたチョコレートはミーチャの口の中で甘く融け、空腹の胃に収まった。
心と胃袋がやんわりと満たされる。
「ミーチャ、ごめんね。今回は余裕がないから売店でなにも買えないけれど…。ムッターもっともっと頑張るから、今度来たときは、あの売店で美味しいもの食べようね」
そう言ってユリウスは羽織っていたショールの中にミーチャを抱き寄せた。
母親の柔らかな暖かさに包まれる幸せ―。
それだけで十分だった。
ミーチャはそんな母親の言葉に、ただただ首を横に振り続けた。
「ミーチャは優しいね。優しくって暖かい…。今度来るときは…ムッターとミーチャと、アリョーシャと、それからファーターも一緒だといいね…」
―あれ?ミーチャ?寝ちゃったの??
よっこいしょっと…。
「ミーチャ、重くなったね…」
ユリウスはいつの間にか傍らで眠りに落ちた愛息をショールに包んだまま抱き上げると、動物園を後にした。
ユリウスの懐に包まれて、いつしかミーチャは心地の良い眠りに落ちていた。
動物園を歩く自分とムッターと―、それからあれは誰だろう?
ファーター?
青いト音記号のついた茶色いセーターを着た背の高いその男性は、逆光で顔が良く見えなかったけれども、その人物はなぜか―、まだ会ったことのない父親に違いない…とミーチャは確信したのだった。
作品名:39 子供の情景 作家名:orangelatte