39 子供の情景
移動遊園地
「ミーチャ、あっちでストリートオルガンの演奏をしてるよ!」
ー 早く早く!
ユリウスが碧の瞳をキラキラさせてミーチャの手を引き、少し離れた場所から聞こえてくるストリートオルガンの人だかりを指差した。
「うん!」
ー ムッター、なんかドキドキするね!
ー そうだね!
二人は手を取り合ってその人だかりの方へかけて行った。
ユリウスが記憶を取り戻しミーチャの元へ戻って来て以来、彼女は度々ミーチャとこうした外出をするようになっていた。
きっかけは再会したばかりの時に、寂しい思いをさせてしまった埋め合わせに厳しい家計をやり繰りして出かけた動物園だったのだが、ミーチャも赤ん坊から幼児期に入りそろそろこういった娯楽も楽しめるようになって来たし、何より一児の母親で夫不在の家庭の大黒柱ではあるが、まだまだ遊びたい盛りの年頃の娘盛りのユリウス自身が楽しかったから というのが正直なところだった。
ちょうど勤続三年を迎えて僅かではあるが給金が上がったのもあり、この母子は今まで以上に節約に励みやり繰りして、ささやかな楽しみのためのお金を少しずつ貯めては、旅芝居の一座やら、移動遊園地やらが来るたびに、貯めた僅かなお金を握りしめて、それらを楽しんでいるのだった。
「ミーチャ、何乗ろうか?」
「回転木馬!」
「じゃあ…最初は回転木馬ね」
「ムッターは?」
「ムッターは…、あ、あれに乗りたい!」
ユリウスが指差したのはゴンドラがぶら下がった観覧車だった。
「うわあ!高いねえ」
ミーチャが観覧車の天辺のゴンドラを見上げる。
「怖い?」
母親の勝気な顔にミーチャが言い返す。
「全然!」
ー そう来なくっちゃ!
ユリウスが口角をゆっくり上げてニッコリ笑うと二人は手と手を合わせてハイタッチを交わした。
何と言ってもなけなしの軍資金を叩いて来ているだけに、二人とも限られた予算で何を楽しむか作戦会議に余念がない。
ぐるりと会場となった広場を見て回り、あーでもないこーでもないと真剣だ。
「でも先ずはストリートオルガンね!行こ!ミーチャ」
瞳をキラキラさせて自分の手を引っ張って駆け出す母親はまるで小さな女の子みたいだー
とミーチャは思った。
作品名:39 子供の情景 作家名:orangelatte