42 僕の金髪ちゃん
番外編 side ブーニン
少し早めに出勤してきてお茶でも飲もうかと給湯室にやって来たブーニンが、先客に気付く。
「おはよう」
ブーニンに声を掛けられた若い女性が振り向く。
― ユリア・ミハイロヴァ。
この支部最年少のまだ20歳前の娘は、二年前モスクワ蜂起に敗れてシベリア送りとなったアレクセイ・ミハイロフの妻で、しかも既に一児の母親だ。
アレクセイの亡命先のドイツで知り合ったというこの娘は、アレクセイと駆け落ちのような形でこの国にやって来たものの、たった一年で夫と離れ離れになってしまった。
幸い利発な質の上、外国語にタイプライター、簿記と若いながらなかなか有能な娘だったので、今ではこの支部に欠かせない人員となっているが、きっとこの国に来てからこのかた、苦労の連続だったに違いない。
しかし、そこは若さ…なのだろうか。華奢で可憐な見た目に似合わないバイタリティで困難を乗り越え、父親不在ではありながらもそれはそれで母子二人の慎ましいながらも温かい家庭を築いているようである。
少し前に暴動に巻き込まれ、二か月ほど行方不明となって支部の人間を(自分も含め)散々心配させたが、クリスマス頃にひょいと戻ってきて、愛息以下うれし涙を流して彼女の無事の帰還を喜んだものだった。
「あ、おはようございます。ブーニンさん」
ブーニンと同じくお茶を淹れようとお湯を沸かしていたユリアが、彼の声に振り返る。
かっちりとした細身のスーツに、髪を覆った薄手のスカーフが何だかちぐはぐな印象だ。
ブーニンの視線に気づいたユリアが、少し恥ずかし気に頭のスカーフに手をやる。
「今日も雨降りで、腕の傷が痛んで…。髪を結えなかったからスカーフで纏めて来たんです。…変ですよね。…やっぱり短くしようかな」
そう言えば昨日も珍しく髪を下していたっけ…。ユリアの長い金髪と鼻の下を伸ばしたザハロフの顔を思い出す。
仕事の場で腰まである髪を結わずにいるのはTPOにそぐわないと彼女は感じたのだろう。結えないなら…と邪魔にならないように髪をスカーフで纏めてきたらしいが…、やはりどうも洋服との釣り合いがちぐはぐである。
そんな生真面目なところが、彼女らしく、なんとも微笑ましい…とブーニンは思った。
「ねえ、私が髪、結ってあげましょうか?」
ブーニンの申し出に、ユリアが碧の瞳をびっくりしたように見開いた。
作品名:42 僕の金髪ちゃん 作家名:orangelatte