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四畳半に、ちゃぶ台ひとつ

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 肉じゃが。ヒジキの煮物。タラの西京焼き。わかめと豆腐の味噌汁。それに白米。
 対し、コッペパンひとつ。
「……」
 ゾロの視線に耐えかねたのだろう。サンジがやおら立ち上がり、もしゃもしゃとコッペパンを口の中に押し込んだ。
「はんら! おえは、しょくよくねえんら!」
 ゾロはゆっくりと、サンジの膨らんだ頬から、湯気を立てているちゃぶ台の上の料理へと視線を移した。肉じゃがはじゃがいもの崩れたのがいい具合に肉やらニンジンやらに絡まり、ツヤツヤと輝いている。ヒジキの黒々としたのからはお揚げが覗く。ゾロの好物だ。味噌汁は一見貧相だが、昨晩浴びるほど酒を飲んだゾロの胃には優しすぎるほどに優しい。西京焼きは焦げ付くことなく美しく焼き上がり、その独特の香りを部屋中に漂わせている。
 そして白米は、その一粒一粒がまるで弾けそうにピッチリと張って、噛むのを想像しただけで涎が出そうになるほど。
 じろりと、再びゾロはサンジに視線を移した。ごくんとコッペパンを飲み込んで、サンジは顔を背ける。
「……なんだよ」
 無言のままにゾロは立ち上がった。そして、台所の戸棚を開き――
「や、やめろ!」
 サンジの制止も空しく、ゾロはそこにひっそりと仕舞い込まれたアルミ缶の蓋を開けた。覗き込んだそこにあるのは、底に映ったゾロの顔と、米が二粒。
「……」
「……んだよ。文句あんのかよ!」
 立ち上がり、虚勢丸見えの怒鳴り声を上げるサンジを、ゾロはちらりと見ることすらない。
「……」
 ガン! ゾロは思い切りアルミ缶を蹴飛ばした。パラ、と二粒の米が空しく畳の上に零れ落ちる。
 そのまま、ゾロは畳を踏み鳴らし、部屋を出て行ってしまった。背を丸めて正座したサンジの前には、温かい料理が鎮座していた。

「……おい、そのライター、ガス切れだぞ」
 火の付かないライターで延々カチカチしていたサンジを見かね、傍らで見守っていたゼフはようやく声を上げた。実に5分間、サンジはそのボロボロのジッポライターを、ずっとカチカチし続けていた。ゼフに突っ込まれても、ああ、と生返事を返すきりで、コンロの火に煙草の先を近づけたはいいが、前髪が焦げたのにも気付いていないのだろう。
 朝からずっとこんな調子なのだ。もっとも、コックとしての仕事は完璧にこなしてはいた。しかし、トイレのドアを無意味に何度も開け閉めしたり、表の鉢植えになぜかリボンを巻いてみたりと、意味不明な行動ばかり取っている。犬に噛み付こうとしたりハトに喧嘩を売ったりの奇行はいつものことだが、やはり、今回のはそれらとはどこか違う。夢とうつつで分ければ完全に夢の方にいるような、そんな雰囲気なのだ。
「もう、駄目かもしんねえ……」
 煙草の煙と一緒に吐き出された言葉には明らかに力が無く、ゼフは元凶がいつもと同じに"あの飲んだくれ"なのだと気が付いた。思えばサンジは、ゼフの前に現れて以来ずっとあの男のことで一喜一憂している。ゼフにとってサンジは、突然現れたチンピラ紛いのばかな従業員に過ぎない。それだけの縁だ。それでも、人嫌いのゼフがサンジを手元に置き続けているのだから、自覚すらしていない愛情だってある。
「……理由が欲しいんだよ、俺ァ。じつが隣にいる理由。あいつが俺を助けた理由。俺が生きている理由。俺がいつか死ぬ理由。……それを欲しがってる時点で、もう、駄目なのかもなァ」
 何か言葉を掛けようと、ゼフは髭に埋もれた口を開こうとした。しかし、結局それは言葉として外に出る前にすとんとどこかへ落ちていってしまう。
 言葉で、どうにかなる問題でもない。
「兄さん……大変だァ!」
 そのとき、例のごとくヨサクとジョニーが店に飛び込んできた。
 ふらり、とサンジが立ち上がる。おい、と声を掛けようとしたけれど、ゼフはサンジの背中に向けようとした右手を引っ込めた。なんにせよ、サンジとゾロが自分たちでどうにかしなければ、解決しようのない話だ。ゼフには、ただその行く末を見守ることしかできない。
「……今度はどこだ」
「その、三丁目の……」
「わかった」
 コックコートを脱ぐ様にも、いつものような威勢の良さがない。半分寝ながらパジャマを脱ぐ幼児のようだ。そのままノタノタと店を出て行くのを、ヨサクとジョニーはぽかんと口を開けて見守っていた。
「ど、どうしんだァ、兄さん」
「調子狂うなァ」
 ガラガラガッシャン、ばかやろー! と、表ではいつものように蕎麦屋の怒鳴り声が響いている。おおかたサンジとぶつかって出前のザルでも落としたのだろうが、普段ならそれに続くはずの、サンジによる五十倍返しの罵声が聞こえてこない。こりゃ様子がおかしい、とチンピラ二人は顔を見合わせ、それからゆっくりと背後で腕組みをしているゼフを振り返った。
「おやっさん……」
「俺はてめえらの親父じゃねえ」
「でも兄さんのオヤジだぜ」
「そうだ、だったらやっぱりおやっさんだ」
「別に、俺ァあいつのオヤジでもねえよ」
 ただの老いぼれだ。そう言ってゼフはコック帽をテーブルに置くと、ニスの剥げた椅子にどかりと座り込んだ。

「どういうことだよ!」
 たった30センチ離れて自分の前に立っている男に、サンジはまるで、遭難者が船を呼ぶかのように懸命に、そして切なく叫んだ。
 しかしゾロは顔色ひとつ変えない。ゾロの気持ちどころか、鼓膜すらも自分の言葉は震わせられないのか。そう思うとサンジは、自分の腹の中に広がる絶望の沼に、ズブズブと嵌り込んでいくような気分になった。
「……どういうことだよ……」
 ぐにゃりと足場がとろけて、サンジの身体は崩れ落ちた。引き上げてくれと、必死な思いでゾロの身体にすがった。しかし、ゾロはまるで棒のようにそこに立って、どこか遠くを見つめている。
 もう一度、ゾロがその右手に握った紙束を、サンジに押し付けた。皺くちゃで血まみれのセピア色。折れ曲がった新渡戸稲造の顔が、サンジのことをあざ笑っている。
「いらねえよこんなもん!」
 サンジが思い切りゾロの手を引っぱたけば、それはまるで紙ふぶきのように周囲に散らばり、風にヒラヒラと舞った。「わあ」と、子供の歓声、「見ちゃいけません」と、大人の潜めた声。
 どう見たって、異様な光景だった。舞う札束。血まみれのチンピラを罵倒する金髪男。遠くで聞こえるパトカーのサイレン。そしてここは、ヤクザの事務所のまん前だ。
「俺……もう、お前のこと、わかんねえよ」
 ヤクザの血に濡れ、腫れ上がったゾロの拳に爪を立てながら、サンジはその場に蹲った。ゾロは、そんなサンジを見下ろそうともしない。ただ遠くを見つめて、突っ立っているだけ。
「……わかってたことなんて、あったのか」
 ――それが、死刑宣告だった。どちらにとってのものかなど、この際どうでもいい。サンジは恐ろしいものを見るような顔をしてゾロを見上げ、ゾロはやはりただ遠くを見つめていた。2人の視線は交わらない。今後、交わるかどうかすらわからない。
「……迷惑掛けたな」