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四畳半に、ちゃぶ台ひとつ

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 遠くでクソジジイの声が聞こえた。馬鹿野郎、このチビナス! うるせえ、俺はチビでもナスでもねえよ。なに言ってやがるそんなガリガリの身体しやがって、スープにするくらいしか使い道が思いつかねえ。てめえこそクソジジイ、スープにしたって爺臭くて飲めやしねえよ、俺の方が上等だな。馬鹿かてめえは、さっさと仕事しやがれ、何のためにここにいやがる。何のため? そりゃてめえ、クソジジイ、決まってんだろ、
 そりゃ、もちろん、
 ――あれ? 何のためだったっけ。

 雨の降っている夜だった。
 サンジには傘がなかったので、河原に落ちていたトタンを被っていた。サンジには雨合羽がなかったので、ホームレスから強奪してきたブルーシートを被っていた。サンジには家がなかったので、とりあえず、橋の下に潜り込むことにした。
 そこにゾロがいた。
「……なんだ、ガキ。てめえ傘も合羽も家もねえのか」
「てめえこそなんだ、クソヤクザ。俺の住処を血まみれにしやがって。臭ェんだよ」
 サンジは、そこら中に転がっているいくつもの人間の上にどかりと座り込んだ。とりあえず、血に汚れないようにブルーシートを敷いて。
「死んでんのか? これ」
「さあな」
「ふうん……。なああんた、煙草持ってねえの」
「あ?」
 ゾロは、思い切り顔を歪めてサンジの顔を見つめた。そのときはどうしてそんな顔をされるのかわからずえらく憤慨したものだが、今思えば、もっともな反応だろう。何しろそのころサンジは12かそこらのクソガキで、おまけにガリガリに痩せ、煙草なんかよりよほど食い物の必要そうなナリをしていたのだ。
「……ガキが煙草なんて吸ってたらでかくなれねえぞ」
「うるせえなバカ。腹減ってんだよ、なんかねえのかよ」
 顔は歪めたままだったが、ゾロはすぐ側に倒れていた男のスラックスのポケットを漁り、ひしゃげた煙草のパッケージを取り出すと、自分で1本取り、残りはサンジに投げて寄越した。
「火」
「……なんつうガキだよ、てめえは」
 カチン、と、これは自分のポケットから取り出して、ゾロは自分の煙草に火を吐けた。暗闇の中に、ぼんやりとその顔が浮かび上がる。伏せられた目は奇妙なくらいに鋭く、しかしやはり奇妙なくらいに冷たかった。
 スゥ、と、別段まずくそうでもうまそうでもなく煙を吐き出した後で、ゾロはライターをサンジに放って寄越した。ずしりと重たい、ジッポライターだ。
 カチン、と、また大きく炎が上がる。それは橋の下をぼんやりと照らした。光があったところでそこに見えるのは血まみれのヤクザと無数の死体だかなんだかわからない男たちと、遠く続く暗闇という名の絶望だけなのだが。
「お前、髪の毛緑なんだな」
「だったらなんだ」
「クソ笑える」
 フーゥ、と、サンジは無表情で煙を吐き出した。
「そういうお前はガリガリで鶏ガラみてえだな」
「骨張った身体がセクシーだろ」
「ガキが何言ってやがる……親はいねえのか」
「うっせえな、捨てられたんだよ、察しろよバカ」
「そりゃ悪かった」
「てめえこそ、んなおもしろい髪の毛してなんでヤクザなんかしてんだよ」
「世話になった奴との約束だ。あと5年は続けなきゃならねえ」
「ふーん。ばっかみてえ」
 そんなことを言い合って、あとは暫し、ゾロもサンジも無言のままニコチンとタールを吸い込み続けた。いくつも前の孤児院の裏庭で覚えたそれは、いつの間にかサンジの習慣になっていた。脱走しては転院、喧嘩騒ぎを起こしては転院、手を出そうとしてきた職員を返り討ちにしては転院。きっと俺の人生はろくなもんにはならねえな、と、苦い煙を吸うたびサンジは思った。
 闇に溶けた男の影からは、時折真っ白い煙がぶわと上がった。自分もいそいそと吸い込みながら、サンジはじっとそれを見つめていた。バタバタと、雨の音は強くなるばかりだ。男も自分を見ている。炎の明りで見えた目は今や暗闇の中だが、サンジにはそれがわかっていた。
「おい」
「……なんだよ」
「……もう1本寄越せ」
「てめえで取りに来いよ」
「寄越せ」
「だめ」
「……頼む」
 サンジのまん丸な目は、まるで何かを見極めるかのようにじっと闇の向こうで息を吐く男を見つめた。目に映るかどうかは関係がない。誰がそこにいることが重要だった。
「……わかった」
 ブルーシートの上からゆっくりと立ち上がり、サンジは草や誰かの腕を踏みながら、一歩一歩進む。近づくごとに男の呼吸が耳に響く。それはサンジの呼吸より幾分か早く、自分とテンポの違うそれが妙にリアルで、ふとサンジは恐ろしいような、それでも近づかずにはいられないような、そんな気分になった。
「悪ィが、口まで持ってきてくれねえか」
 サンジが横に座ると、ゾロは静かにそう言った。ハァ、ハァ、と呼吸は荒い。ゾロの声は低く、近くで聞くとそれは時々奇妙な具合に掠れている。そして、ごまかしようがないくらいの、血のにおい。
「……お前、怪我してんのか?」
「まァな」
「どのぐらいの怪我だ」
「左肩から右の骨盤まで、一直線に斬られてる」
「……」
 縮こまるように膝を抱え、サンジは隣で荒い息を吐くゾロの気配を全身で探った。呼吸を、体温を、血のにおいを、声を、心臓の鼓動までをも。
 軋むような身体を起こし、ゾロの口に煙草を咥えさせ火を付けてやった。今度はずっと近くで見た火に照らされたその顔は、険しくはあるものの思ったよりずっと若かった。
「……なあ」
「なんだ」
「その傷、触らせろよ」
 しん、と男は黙り込み、フゥ、と煙を吐く音が聞こえた。それに雨の音。
「……いいぞ」
 ごそごそと身体を動かす音がして、どうやらゾロはサンジに身体の正面を向けてくれたらしい。後から考えてみれば、そんなものは狂気の沙汰としか思えない。あの時ゾロは、その傷が原因で本当に死に掛けていたのだ。
 煙草を口に咥え左手は地面に付き、カチン、と、サンジは右手でライターの火を灯した。明りの中に、シャツを肌蹴たゾロの腹が見える。その傷は、本当にゾロの腹を斜め一閃に切り裂いていた。
「……触るぞ」
「あァ」
 恐る恐るサンジが手を伸ばし、その傷、ちょうどみぞおちのあたりに触れると、隠すことなくゾロの低い唸り声が漏れた。サンジの身体は反射的にびくりと震えたが、どういうわけか、手を離そうなどという気持ちは微塵も湧いてこなかった。ゆっくりと、指先から手の平全体、傷に触れる面積を大きくしていく。唸り声はずっと続いている。本物がどんなふうかは知らないが、狼の唸り声はこんなふうではないかと、そのときサンジは思った。
「ドクドクいってら」
「……たりめェだろ、まだ生きてんだ」
「それに、すげえ熱い」
「てめえの手は冷てえな」
 ちょっと待て、と言って、ゾロは手近に転がっていた男からジャケットを剥ぎ取り、サンジに放った。
「くせえ」
「文句言うな」
 正直言って、湿っているわ臭いわ薄っぺらいわ、その上着を被っても、ちっとも温かくなんかはなかった。それでもそのときサンジは必死で身体を丸くして、雨にぬれた身体が震えているのを隣の男に知られないようにと、なぜだか一生懸命だったのだ。
「……なあ、お前死ぬのか」
「さァな」
「死ぬのは恐いか?」