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四畳半に、ちゃぶ台ひとつ

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「死んだことがねえから、わからねえ」
「俺もだ」
 そこで一度言葉を切ると、サンジは煙草を地面に押し潰した。
「……俺、もうすぐ死ぬんじゃねえかって気がしてる。もう何日も食ってねえしさ」
「人間がそう簡単に死ぬかよ」
「そうかな」
「あァ。そうらしいぜ」
 空腹を紛らわすように、サンジは湿った橋の下の空気を吸い込んだ。胃がむかむかする。最低の気分だ。
 プ、と、どうやらゾロが煙草を吐き捨てたらしい。
「……なんか、やりたいことはねえのか」
 上の方から、ゾロがサンジにそう尋ねた。唐突だ。
 そのころの自分が何をしたかったのか、あるいは何もしたくなかったのか、サンジは思い出すことができない。ただそのとき、ゾロからの問いかけに答えるとき、ぼんやりと淀んだ頭の中でひとつ掴みあげた曖昧な答えは、もしかしたら何よりも真実だったのかもしれないと、今になって思う。
「……腹いっぱい食いたい。美味くて、あったかい飯が、腹いっぱい食いたい。ちょっと焦げた卵焼きとか、油でギトギトの焼き鮭、味の濃い味噌汁、しょっぱい漬物。それに、真っ白のご飯が、食いたいんだ」
 そうか、と、小さくゾロが言った。そして、もっと小さな声で、
「……俺も食いてえ」
 そう言うと、ゲホ、とゾロが急に咳き込んだ。それはなんとなく湿っていて、もしかしたら血を吐いたのかもしれない。ただそのときサンジは本当にぼうっとしていて、それがひどく自然な流れのように感じられた。あの熱くてドクドクしていた傷が原因でゾロが死ぬにしても、生き残るにしても、だ。
「……なあ、お前が死ななかったら、俺がお前にメシ、作ってやるよ」
 だからその言葉も、サンジにとってはごくごく自然なものだった。それが当然のこと、しなければならないことのように思えたのだ。
「お前、メシなんて作れるのか」
「さあな。どうにかなんだろ、そんなもん……俺はまだ、若いし」
「そうか」
「そうだ。……ああ、でも、材料がねえんだ。俺、金ないし。スーパーとか、行ったことねえんだ。どうしよっかなァ……」
「そんなもん」
 俺が、買ってきてやる。
「ほんとか?」
 そう尋ねると、ああ、ときちんと答える名前も知らない男のことが妙に嬉しくて、サンジは思わず、クスクス笑いながら新しい煙草に火を付けた。
「お前……」
 ちょっと来い、と、ゾロの手がサンジのシャツを引っ張った。怪我をして死にそうなくせにその力は強く、鳥ガラみたいに痩せたサンジは、あっけなくゾロの真正面に引っ張り出される。
「火、つけろ」
 もともとゾロのライターだ。シャツを引っ張られたまま、サンジは明りを灯した。
 ゆらゆらと揺れる明りの向こうに、あの鋭い、狼のような目が見える。それは真っ直ぐにサンジの姿を映していた。瞳の中に映った自分の姿を見て、なんだか、夢のような気持ちになる。
 その目が、ぐいとサンジの瞳の中の、更にその奥を覗き込んだような気がした。
 そうっと、ゾロの手がサンジの顎に触れる。傷の熱さが嘘のようにその手は冷たく、思わずサンジはこそばゆさに身を捩った。なんだかおかしい。そんな獣のような目をして、こんなふうにこわごわ触れてくるだなんて。
「……痩せてるな」
 かすれた声で、ゾロがそう言った。
 その声は真面目なのに、なんだかもうおかしくて、サンジは堪えきれずクスクスと笑った。明りの向こうでゾロが不満げに唇を歪める。それが余計におかしい。
 まるで発作に罹ったようにサンジが笑い続けていると、ふいに、ゾロの瞳が揺れたような気がした。はじめは、炎が風で揺れたからだと、そう思った。だが違う。ゾロは、ほんの僅かだけれど、笑ったのだ。驚いて、サンジは思わずライターを落としてしまった。明りがなくなる。再びあたりが闇に包まれる。

『5年後、迎えに行く』
 視界と同じように暗くなっていくの中で、そんな声が聞こえた気がした。