PEARL
3.
「大したことじゃないんだが……その……サガが大事にしていた女とかいなかったか?」
「さぁ……何故そのようなことを聞く?」
そう言って奥へと進んでいったシャカは突き当たりを曲がって姿を消した。遠くなった衣擦れの音がまた近づいてくると丁度本棚を隔てて近くで止まった。
「いや、なに……ちょっとな。探し回っていたときに執務室で日記みたいなのを見つけたから。日記っていうよりどちらかというと詩みたいなやつで。内容みて思ったんだ。サガはこの女を切ないまでに愛していたんだろうってね。だから、もし相手がわかったらその日記を渡してやろうと思ったんだ」
「―――相手の名は記されてなかったのかね」
無機質な声が響く。そして続いてかたんという音がしたが、シャカの姿は本棚に隔てられ、カノンの目から見えない。本でも取っているのだろうと思いながらカノンは続けた。
「書いてあったらワザワザおまえに聞かないだろうが」
シュっと本を取り出す音が響く。パラパラと紙が擦れる音がそれに続いた。
「そうだな……すまぬ。ただのサガの創作だったのではないのか?」
「いや、俺も最初は単に創作詩かと思ったんだが、“真珠の乙女”という言葉が必ず使われていたんだ。それでたぶん誰か一人を指しているんじゃないかと思ったんだ」
「真珠の……乙女……」
バサっと高い位置から本が落ちたような音がしたと同時にガタンという大きな物音。
「おい、大丈夫か?」
梯子から落ちたんじゃないのかと心配になってシャカのいる場所に向かおうとした時、突然薄闇から人が現れ、カノンの肩を掴んだ。
「―――!?びっくりした。いつからここにいたんだ、おまえ?」
不意打ちを喰らったカノンは驚きの声をあげる。
「つい、さっきだ。何となく声をかけ難かったんでな……すまん、驚かせてしまった。それより、カノン……アテナが首を長くしてお待ちのようだぞ?ここはいいから、さっさと行ったほうがいいと思うけど」
ポンポンと軽くカノンの肩を叩いてカノンを押しやり、通り過ぎていく男はどこかいつもとは違った雰囲気を身に纏っているようにカノンは感じた。
いつも陽気で気さくな雰囲気はなく、どこか張り詰めたような冷たく固い印象を持ったのだ。
触れられた肩はひんやりと冷たく感じたのはきっと気のせいだろうと思いながら、答える。
「でも……あいつ―――まぁいいか。じゃあ、あとであいつと一緒に、ここの鍵をアイオリアに渡してくれよな。ミロ」
奥のほうに進んでいくミロの後姿にカノンは声をかけると、その場を静かに立ち去った。