PEARL
PEARL Ⅱ
1.
パラリ。
臆面もなく、偽善的な言葉で綴られた詩篇。
いや……それは仮面の奥でずっと覆い隠してきた真実の言葉なのだろう。
パラリ。
彼は潔癖すぎたのだ。
そして、相手もまた。
その背徳的な想いは彼をどれほど苦しめたことだろう。
パラリ。
手に入れたくて。
でも。
手に入れることができなくて。
パラリ。
『破戒』を恐れて。
そして。
『破壊』を恐れたのか。
ぱたん……。
「―――人の物を無断で見るとは感心しないな、ミロ」
その穏やかに包み込むような声にぎょっと振り返る。
瞳を見開き、息を呑む。
眦を少し下げて、口角を上品に上げた独特の微笑。
それはまさしく、サガその人。
すっと血の気が引いていくのを感じた。
「……ぷ。おいおい、やめてくれ。そんな幽霊でも見るような目で見られたら、俺も傷つくだろうが?」
にかっと人の悪い笑みを浮かべ、両腕を組んだ男はサガではなくカノンだった。
「―――驚かすなよ。心臓に悪い」
「はははっ……悪かった」
ふうっと息を吐くミロの肩を軽く小突きながら、ミロが手にしていたものを見た。
「こっちこそ、勝手に読んで悪かったな」
手に持っていたそれをカノンに渡す。受け取ったカノンは一度パラパラと捲るとパタンと勢いよく閉じた。
「いや、別に。俺も勝手に読んだクチだからな?お互いサガには内緒、ということだな」
一瞬だけ寂しそうな瞳をしたカノンだったが、それを誤魔化すようにおどけた口調でいいながら、分厚い日記を机の引き出しに仕舞い込んだ。
「で、読んでみてどうだった?おまえはサガの想い人に心当たりはない?」
そのまま椅子に腰をかけたカノンは机に両肘をつき、指を絡めて手を組むと唇が隠れるように顎を乗せてじっとミロを見た。その姿を見て、ふと、あいつの言っていた言葉が蘇る。
『―――たとえ同じ姿で同じ声で同じような癖があっても。サガは……もういない』
悲鳴にも似た言葉を吐露するその姿は痛々しかった。
そして、その姿がどれだけミロの心を残酷に切り裂いていたかなど、あいつはわからないのだろうとミロは思うのだ。
「どうした?ミロ」
黙り込んでしまったミロを不思議そうに眺めていたカノンに苦笑を浮かべて答える。
「いや……なんでもない。そういうちょっとした癖がやっぱり似ているな、と思っただけだから」
「そうか?自分じゃわからないけど、癖まで似てるらしいな。この前、ムウに『だから余計に不愉快なんですよ!』って言われたぜ。そんなこと俺の知ったこっちゃねぇってな」
「そんなことをあいつが言ったのか?」
「日常茶飯事、挨拶代わりみたいに顔合わせるたび毒舌かましてくれるぜ?あの牡羊サマは。ま、もう慣れっこになって、いちいち相手なんてしてないけどな」
組んでいた指を外し、大仰に両手を上げるカノンにミロは笑った。
「随分大人になったみたいだな」
「おまえねぇ……充分、俺は大人だってぇの。結局おまえたちはあいつと俺を知らず知らずに比べてるから、俺がガキっぽく見えるんだろうけど。結構……それって残酷なもんだってわかってねぇだろ?」
くるりと椅子を回転させて背を向けたカノンの表情はわからない。でも、ひどく張り詰めたような声音だった。
「カノン……」
「―――っと。謝んなよ?今のは忘れてくれ。ただちょっと愚痴ってみただけだ。それより、さっきの話だが」
くるりと向き直って椅子から立ち上がったカノンは悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。
「サガの想い人か?」
「そうそう」
「なんでそんなに必死に探す?」
意外な言葉を聞いたとでもいうようにカノンは大きく目を見開くと愉快そうに笑った。
「あの堅物が恋した乙女を拝んでみたいという興味半分。あれを読む限りイイ女っぽそうだからなぁ。隙あらばっていうのも無きにしも非ずといったところだな。なんだ?嫌そうな顔すんなよ。ジョークだよ」
「おまえが言うと冗談に聞こえない」
「年上捕まえて、おまえ呼ばわりするな。ま、実際のところはアイツのこと少しでも思ってくれてるんなら、そいつに渡してやるとサガも喜ぶかな、と思っただけさ。それぐらいしか、俺にはしてやれないからな」
微妙に視線を落とし口角を緩めるカノン。その眼差しはひどく優しいものだった。たぶんサガが愛した人物が彼でなければ、きっとミロも素直にそう思ったかもしれない。だがサガが愛し、サガを愛しているのがあいつだからミロはどうしても同意できなかった。
不安や嫉妬もあるがそれ以上にあいつが壊れてしまうのではないだろうかという危惧のほうが強かったからだ。
「もし……そいつが今でもサガを想っているとしたら?サガの死をひどく悲しんでいるとしたら?サガに愛されていないと思っていたのに、突然死んでしまってから“愛してる”なんて言われたら……それはとても残酷なことじゃないか?」
「ミロ?」
「とても……残酷だったんだ」