PEARL
2.
―――彼女をとても愛していた。
周囲が見えなくなるほど。
相手をただ自分だけのものにしたかった。
愛という言葉の呪縛で縛り、独占した。
彼女の見るもの、聞くもの、感じるものすべてが自分でなければ許せなかった。
それに耐えられなかった彼女は永遠に手の届かぬ場所へと一人旅立って行った。
――――俺をたった一人残して。
俺を見捨てておきながら彼女は『愛している』という言葉を最後に遺したのだ。
初めて見せたミロの苦悩の表情に当惑したカノンは一旦黙り込んだが、穏やかに反論した。
「確かに残酷かもしれない。でも、俺はこう思うんだ。誰か一人でもこんな自分を深く愛してくれた存在がいたんだと知ったら、自分を愛せるだろうし、自信を持って生きていくことが出来るんじゃなかろうかと。ちょっと違うかもしれないけれど、おまえはあの時……こんな俺を信じてくれたよな?それがどれだけ俺には嬉しかったか……」
はっと顔を上げたミロにカノンは照れ臭そうな笑みを浮かべていた。
「ったく。こんな小恥ずかしいこと言わせんなよな。あーやだやだ。とにかく、俺はあの日記を渡す。俺好みの女ならついでに口説く!以上だ」
頭をガシガシ掻き毟りながら、もう出て行けとばかりにミロを押しやる。
「おい…ちょっ…カノン、待てよ」
「何だよ。乙女が誰か知っているのか?だったら、早く吐け」
ぴたりと足を止めて凄むカノンに歯切れ悪そうにミロは答えた。
「―――そのことに関しては俺に少し時間をくれないか?」
「何でだよ?……おまえ……ふ~ん…なるほど、そういうことか」
にやにやと意地悪く笑みを浮かべるカノンにむきになってミロは言い返した。
「何がそういうことだよ!?」
「おまえ、そいつに惚れてんだろ?お兄さんにはわかるぞ。最初からそう言えばいいだろうに、まったく」
ポンポンと慰めるように肩を叩いたカノンは厭そうな顔をするミロを笑い、机に向かうと再びミロの前に戻ってきた。
「ミロ、おまえがこれ持ってろ」
「え?」
ポンと手渡されたサガの日記に戸惑いの表情を隠せないでいるミロにカノンは目を細めた。
「おまえに任したからな。それじゃな」
「何を言って―――おい、ちょっとカノン!!」
ぐいぐいとミロを押し遣るとカノンはパタンと勢いよく部屋の扉を閉めた。
すぐさま押し付けられたモノを返そうと扉を開けようとしたがミロはその手を止めて呟いた
「……カノンのバカやろう」
深い溜息をついたミロは手に持つサガの日記をじっと見つめ、もう一度溜息をひとつ零すと憂鬱そうな影を連れて双児宮をあとにするのだった。