49 すずらんの微笑み
「アレクセイ、今日はこのまま帰ってまずは休め。6年ぶりの家族水入らずでな」
「ああ、世話になったな。これからよろしく頼む」
「へへ、ユリア、覚悟しといた方がいいぞ~」
「ミハイル!てめ~」
「・・・?本当にありがとう!二人もゆっくり休んでくださいね」
「ミハイル兄ちゃん、またね!」
「ミーチャ、男同士の約束忘れんなよ!」
「うん!」
脱獄の立役者、ズボフスキーとミハイルに尽きない感謝の気持ちを何度も述べ、親子三人はそのまま自宅に向かうため駅を後にする。
「一束くれ」
駅前には、春の訪れのシンボルすずらん売りの娘たちがあちこちに立っていた。
アレクセイは階段を降りてすぐの角に立っていた娘に声をかけ、当座の手当として支給された封筒から代金を支払い花を受け取ると「ほら」と照れくさそうに妻に差し出した。
「ありがとう・・・嬉しい」
―こんな日が来るなんて・・・。
改めてこみ上げる喜びに再び瞳を潤ませながらも、ユリウスは胸元に携えた可憐な春の花も恥じらうような眩い笑顔を夫に向ける。それは、夫を送り出してから今日までの壮絶な苦労など微塵も感じさせない、晴れやかで清々しいものだった。
「ファーター、こっちこっち、早く~」
ユリウスとミーチャ母子二人住んできたこのアパートは、アレクセイがシベリアに送られてから借りた住まいだった。
「三階なんだ。階段、あちこち痛んでるから気を付けて」
「ミーチャが赤ん坊の頃は大変だったろう?」
「ふふ、おかげでだいぶ逞しくなったはず!」
そんなふとした会話にも妻の健気さを感じ、胸が熱くなる。
―この細腕でこの世の中を・・・頑張ったなんてもんじゃないよな・・・。
「入って、ファーター」
「おう!」
綺麗に片づけられた部屋は、質素だが何ともいえない温かみがあった。
―帰ってきた・・・。
「おかえりなさい・・・」
初めて来たはずのこの部屋にたまらない懐かしさを憶え入り口に佇むアレクセイの背中に、ユリウスがそっと寄り添った。
「ただいま・・・」
―夢じゃないんだ・・・。
背中で感じる妻の柔らかさとぬくもりが、この幸せな現実を彼に信じさせてくれたのだった。
帰還を祝う心づくしの妻の手料理で夕餉を終えると、朝からずっと興奮気味だったミーチャはウトウトし始める。
「・・・ファタ・・・かたぐるま・・・」
テーブルを片付けているユリウスが「お願い」と寝室へ運ぶよう目配せする。
「そうだな、肩車は明日またな。よっこらしょ!」
寝室には、二人用のベッドの足元に少し小さい一人用のベッドが置かれていた。
父がそっと愛息を下すと、寝ぼけまなこで何やら一生懸命訴え始める。
「ぼくね、ムッターを守らなきゃいけないからずっと一緒に寝てたの・・・けどね、もうね、ファーター帰ってきたからタッチ交代」
そう言って挙げられた、幼い手とハイタッチする。
「・・・ジーナお姉ちゃんがね、ぼくはムッターを守り切った立派な男だから・・・ボク専用のベッドくれた・・・だから今日からファーターが・・・」
「了解、しかと申し受けたぜ。今までご苦労さん、ミーチャ・・・」
作品名:49 すずらんの微笑み 作家名:orangelatte