56 悪運
「気を使ってくれてありがとう。久しぶりに食事を美味しく頂けそう。
そんなにツワリは酷くないのだけど、やっぱり食事の支度が苦痛な時もあって…」
「しんどい時はどんどん頼って!私だってそうして色々な人に助けられて何とかやって来たんだから…」
ユリウスの脳裏にロシアに来てから今に至るまで、自分を支えてくれた人々の顔が思い浮かぶ。
義姉、市場のおじさんおばさん、大家、ミハイル、支部の人々、そして敵対する立場にも関わらず陰ながら母子二人の生活を支えてくれた黒い瞳の男(ひと)ー。
「ありがとう。なんかとても心強い。大先輩だものね。色々お世話になります」
ついついお喋りと編み物に熱中して時間を過ごし、遅めの夕飯の支度を終えた時は既に8時近くとなっていた。急いでミーチャに夕食を摂らせ、寝かしつけると、もう時計は9時を回ろうとしていた。
「大変!ガリーナ、急ごう。ハイ、これ。包んどいたから。帰ったらすぐにお夕飯に出来るよ。…あ、待って。荷物もあるし送って行く」
ユリウスは外套を羽織ると、籠に詰めたオカズを手に、ガリーナを家まで送った。
「ここ、階段も傷んでるし、暗いから、気をつけて」
先に立ち、身重のガリーナが万に一つ階段で躓く事のないよう、慎重に誘導する。
「しょっ中来てるんだもの。大丈夫よ。…でもありがとう」
そろりそろりと階段を降り、通りに出る。
「だいぶ寒くなって来たね。急ごう!あ、でも慎重にね」
ユリウスが聊か矛盾した事を言って、ガリーナの手を取る。
作品名:56 悪運 作家名:orangelatte