61 ガリーナの弟
「ねえ、ガリーナ」
「なあに?」
夕食の後、暖炉の前でガリーナは繕い物を、そしてミーチャはエレーナの相手をして絵を描いてあげていたその時に、ミーチャはガリーナに―、今日の夕方フョードルから聞いたあの事をガリーナに打ち明けた。
「ガリーナは時々僕の事をオレグって呼び間違えることがあるよね。…それはガリーナの弟さんだったんだね」
「…フョードルから聞いたの?」
ガリーナは少し驚いた風だったが、いつもと同じ優しい表情と声でミーチャに訊ね返した。
その問いにミーチャは無言で頷く。
「そう…。ごめんね。…オレグは私の亡くなった弟の一人なの。…あなたによく似た子だったから…つい。ごめんなさいね」
ガリーナの優しい黒い瞳の奥底に、その弟を哀惜するような悲しさを見出し、思わずミーチャは首を大きく横に振った。
「ううん…。違うんだ。いいんだ…。ごめんなさい…僕こそ」
暫し重い沈黙が二人の間を支配する。
― あの…。
思いついたようにミーチャがその沈黙を破った。
「そのオレグさんって…ううん、ガリーナの弟さんたちって…どんな風貌をしてましたか?…髪は?…瞳は?」
ミーチャがスケッチブックを捲って鉛筆を取る。
「…オレグもイリヤも…髪は黒かった…オレグは…」
亡くなった二人の弟を追憶するように目を閉じてでポツリポツリと面影を語るガリーナの言葉を頼りに、ミーチャがスケッチブックに鉛筆を走らせて、その風貌を絵にしていく。
「できた!…似てるかな?…ガリーナの顔を基に、描き上げてみたんだ」
スケッチブックに描かれていたのは…もうだいぶ前にあまりにも突然にガリーナから奪われた二人の小さな弟たち!
ガリーナが震える指先でその素描に触れる。涙が白い頬を伝って落ちる。
「あの子達だ…。オレグとイリヤだ…」
そのままミーチャのスケッチブックを抱き抱えて、ガリーナは声を上げて泣き出した。
ショックのあまり泣くことも出来なかった、あの10年前の涙を…今思いがけず再会した彼らの面影を胸に抱いて、ガリーナはやっと流す事が出来た。
激しく慟哭するガリーナの背中を…優しくミーチャとエレーナが撫で続けた。
作品名:61 ガリーナの弟 作家名:orangelatte