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BRING BACK LATER 1

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「わ、わかりました。疑り深くてごめんなさい。士郎の姉代わりとしては、やっぱりいろいろと心配なので。夕飯、美味しかったです。また作ってくださいね?」
「ええ、もちろんです」
 どうにか、大河の面接は終わったようだ。
 居間に安堵のため息がこぼれる。
「あれ? どうしたの? 遠坂さんも、セイバーちゃんも、士郎まで?」
 屍のように力尽きた三名に、アーチャーの発言に少し驚いたのだ、と凛が言えば、当然ねー、と大河はからから笑った。


「あの、アーチャーさん、ちょっとー、こちらへー」
 大河が帰宅するために居間を出たところで、アーチャーは廊下に呼び出された。
「アーチャーさんとシロウくんがご夫夫なのはわかりましたが、なにぶん、そのー、えーっと、いろいろと事情はあるのでしょうが、とりあえず、ここは、未成年の住む家ということで、ご夫夫、ということでしたら、その、ね、いろいろ、ね、」
 声を潜めて、言いにくそうに大河は言葉を切る。
「ご、ご夫夫の営みは、控えめに、お願いしますね?」
 さらに声を潜めて、耳打ちするように大河は言う。
 まさかそんな忠告を受けるとは思ってもいなかったアーチャーは、何を言われたか理解するのに時を要した。ようやく大河の言っていることを理解し、どうにか言葉を紡ぎ出す。
「え、ええ、藤村先生。趣向はアレですが、私も常識というものは培っておりますので、その辺は……」
 みなまで言わずとも、と言う顔で大河に答える。
「よかった。少し心配だったので。えっと、それから、シロウくんは、人見知り……、ですか?」
 迷いながら訊く大河に、気づいたか、と、この過去の姉はやはりすごいなとアーチャーは思う。
「不快な思いをされたのでしたら申し訳ない。彼は、表情が乏しくて……、少し、傷を負っていましてね……」
 自身の胸元に指をトントンと当て、ご配慮を、と頭を下げる。
「いいえ、いいえ! 不快だなんて、むしろ、大丈夫かなーって。えっと、差し出がましいかもしれないですけど、もしかして、だから、日本に?」
「え?」
「シロウくんの療養ということですか?」
 思いもがけず、大河が深読みをしてくれ、アーチャーはそれに乗ることにした。
「まあ、そんなところです」
 と、少し大河に感謝しながら答えた。
「私も及ばずながらご助力させていただきますよー。士郎と同じ名前なんて、なんだか運命を感じちゃいますし、ね!」
 屈託ない笑みで、任せてください、と拳を握る大河に、少しの申し訳なさと有難さをアーチャーは感じ、この人は変わらないな、と遠い過去の姉をやはり思い出してしまった。



***

「虎が人見知りなのかと心配していたぞ」
「藤ねえが?」
「ああ。お前の療養のために日本にいるのか、と訊かれた」
 シロウは洗った食器を拭く手を止めた。
「真実ではないとしても、丸っきりの嘘でもない。あまり深く考えるな」
 シロウは極端に嘘に反応してしまう。
 自身が嘘にまみれていただけに、過敏な拒絶反応を起こしてしまうのだ。
「士郎」
 アーチャーに呼ばれて、顔を上げると、シロウの身体はアーチャーの濡れた手で引き寄せられる。
「ンっ!」
 持っていた皿を落とさないよう握りしめ、アーチャーの唇から解放されるまでおとなしくシロウは待つ。
「抱きついてはこないのか?」
 キスをしたまましゃべるアーチャーに、
「お皿を持ったままだ」
 キスをしたまま答えるシロウ。
「ふむ」
 いったん、アーチャーは離れ、シロウの持つ皿をカウンターに置く。
「ちょっとー」
 今度はきちんと口づけを、と臨んだアーチャーは、主の声に止まった。
「なんだ、凛。寝たのではなかったのか?」
「喉が渇いたのよ。私の気配くらいわかるでしょー」
 だったら自重しなさい、と凛は冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出す。
「シロウは平気なの? そういうとこ、見られても」
 アーチャーの胸に顔を埋めてしまっているシロウは少し顔をずらし、凛を振り向く。
「平気じゃない。だけど、断れない」
「ぶっ!」
 凛が水を噴いた。
「凛、汚い……」
「ちょっ、い、今のは、そいつが悪いでしょ!」
「俺が、悪かったか?」
 アーチャーを見上げて訊くシロウに、
「いいや。凛が悪い」
 アーチャーは澱みなく答えた。
「このっ! 設定だけじゃなくて、ほんとにバカップルになったみたいね!」
 肩をいからせて、凛は早々に台所から退去した。
「遠坂が、怒ってしまった」
「ああ」
 アーチャーはさして気にしたふうもなく、シロウの腰を引き寄せる。
「あの……」
「なんだ」
 またしても寸止めを喰らったアーチャーはムッとしている。
「伴侶って……?」
「ああ、我々は繋がっている手前、離れることが難しいだろう。ならば、そういう設定にした方が動きやすいと思っただけだ」
「……そうか……、設定か…………」
 アーチャーを見上げていたシロウの顔が俯いていく。
「士郎?」
 シロウの頬に手を添えて顔を上げさせたアーチャーは、目を細める。
「なんだ、不服か?」
「そんなわけがな、っ」
 シロウの身体が僅かに震えたことにアーチャーは気づいた。
「不服なんだな?」
 くすり、と笑い、アーチャーはシロウの身体を服の上から探る。
「本気で伴侶などと……、お前は、少し、繋がっていることに引きずられ過ぎだ」
 項垂れてしまったシロウの首筋が赤くなっているのを満足げに見下ろし、アーチャーはシロウを抱き寄せた。
 腹のあたりに現れたベルトを外し、握りつぶす。黒い塵となって消えるベルトはシロウの概念武装のなれの果てだ。
 はじめはシロウの身体を覆うだけのベルトだった。それが真実を口にすれば締めつけるようになり、今は、嘘を言えば現れ、シロウの身体を締めつけるようになった。
 英霊であるはずのシロウは、英霊らしからぬ存在であり、アーチャーの意志によりその存在を繋がれている。
 繋がることは、アーチャーの意志ではあったが、シロウも望んでいたのは確かだ。すでに座は消え、シロウはこの世界で現界する魔力がなくなれば消えてしまう運命。
 還る場所も、存在する意義も全てを無くしたシロウは、この世界でリハビリのような生活を送っている。ともに日々を過ごし、アーチャーはシロウの表情を取り戻そうとしている。
 ただ、座が消えたことは誰も知らない。シロウだけが感じ取っている事柄だ。
 ここから消えれば、存在自体が消えてしまうシロウは、生き直そうとしている。そして同時に叶うことのない想いに苦しんでいる。
 アーチャーという存在が、シロウの中で日増しに大きくなっていくとともに、そのアーチャーには自分を矯正したいという意志以外がないことを示されていて、行き場のない想いにシロウは苛まれるばかりなのだ。
 逃げ出したいと思うのに、それをすれば繋がれているために、アーチャーを苦しめることになり、シロウにはどうすることもできない。
(やっぱり、繋がらなければよかった……)
 日に日に募る後悔が、シロウの表情を奪っていく。
 これでは矯正などいくら時間があっても無駄だろうと思いつつ、シロウはこの時間が続いてほしいとも思っているのだ。
作品名:BRING BACK LATER 1 作家名:さやけ