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BRING BACK LATER 1

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 たとえ、前にも後ろにも進めない状態だとしても、アーチャーと過ごすことができ、心底うれしい。
 報われることもなく、無駄で無意味だとわかっていても、この繋がれた状態にすがっていたい。そうすれば、アーチャーと離れずにすむ。
 シロウには、こうするより他ないのだ。
 今だけの感情で動いてしまっていることに、シロウ自身が後ろめたさを感じていても、この実りのない関係をやめるつもりはない。
「っい!」
 痛みに声を上げてしまう。
「気もそぞろ、だな」
 士郎が自由に使えと提供してくれた洋室のベッドに、いつのまにかシロウは押し倒されていた。
「あ……」
 胸の突起を強く抓まれて、上げた声に我に返れば、すでに衣服は剥ぎ取られていて、アーチャーに組み敷かれている。
「どうして……」
 掠れた声が漏れる。
「ん? なんだ?」
 どうして、ただの設定だと言うのなら、こんなことをするのか?
 喉まで出かかった疑問はシロウの口から吐かれることはなかった。それを口にすれば、この危うい均衡の上に成り立った事柄が、すべて壊れてしまうことをシロウは知っている。
 アーチャーに手を伸ばし、逞しい首に抱きつく。
「おい? ……急に、積極的だな」
 笑いを含んだ呆れ声で言われ、頭を撫でられて、シロウは目を閉じる。
 こぼれた雫には気づいていないことにした。
(どうして、この人なんだろう……)
 シロウはアーチャーに抱かれながら思う。
 どうしてアーチャーなのか、と。
 なぜ、凛やセイバーではないのか、と。
 彼女たちも自分を引き留めてくれたのだから、自身に与える影響は変わらないはずだ。だが、シロウはアーチャーの言葉にしか反応できなかった。
(どうして……)
 なぜ、男であるアーチャーとこんなことをしているのか、どうして、同じ存在であるエミヤシロウと、抱き合ってなどいるのか。
 そう思いながらも、仕方がないとシロウは諦めている。
(他の誰にも、俺は反応しない……)
 シロウはアーチャーにしか反応しないのだ。凛でもセイバーでもだめなのだ。
 アーチャーに抱かれ、熱をわけあい、その存在を確かめ、悦びを覚えながら、ひび割れていく自分自身を感じていた。
(それでも……)
 やめるつもりはない。
 抱き合うことで虚しさが募ろうとも、胸の痛みが強くなろうとも、自身が削がれていくような錯覚に陥っても、シロウはアーチャーを求めることをやめようとは思わなかった。



***

 深夜になると次第に黒髪は色褪せてきて、シロウの髪は元の色に戻りはじめた。
 赤銅色に戻った髪を梳き、寝入ってしまった目尻に唇を寄せる。
「お前は……、伴侶だなどと、言われたいのか?」
 アーチャーは、馬鹿な、と小さく笑う。
 シロウが繋がった状態に、気持ちまで引きずられているのだと気づくのにそれほど時間はかからなかった。
 元来、素直な部類のエミヤシロウは、耐魔力が強くはない。シロウは鎖や手錠があるわけではないが“物理的”に繋がったことで、心までが従おうとしているのだと、アーチャーにはすぐにわかった。
「私を求めはしたが、あれは……」
 最初からシロウは純粋にアーチャーを求めていたのではなく、歪んだ代理行為だとわかっている。シロウがその気になるきっかけはいつもセイバーだったのだ、それが急に変わるわけがない。
「お前の憧憬は、いまだにセイバーなのだろうな……」
 アーチャーは胸苦しさにため息を吐き出した。
 繋がることはかまわない。シロウが座に還らないならば、ここに留まっているのなら。
 だが、シロウがそれを望んでいないとなると、アーチャーにはもう、どうすることもできない。
 繋がることの不便さをシロウはひしひしと感じているはずで、アーチャーには苦痛でもないことだが、シロウにとってはやはり、やり辛いことだろうと思う。
 それでもアーチャーは、シロウを座に還したくない。
 座に還してしまえば、もう二度とシロウには触れられない。座では壁に隔てられ、シロウに触れることは叶わないのだ。
「私は……」
 義務感などではなく、燻る想いにアーチャーは胸を焼いている。
(馬鹿な……)
 認められない。
 そんなことは、決して。
「だが……」
 シロウの髪を梳き、その身体を抱きしめて安堵する。
 シロウとは真逆に、自身が決して引きずられているわけではないと、アーチャーにはわかっていた。
 繋がれたことが先ではなく、アーチャーはシロウを座に還したくないから繋がれた。それを、強く望んだ。それこそ、シロウを口説くつもりで、ここに残れと説得した。
(私は、こいつを求めているのだ……)
 だからこそ、シロウを引きずられるままにしてはだめだ、とアーチャーは予防線を張り巡らせている。
 まず、こんな自身の想いを誰にも悟られてはいけない。
 繋がっているから傍にいる、という設定を貫かなければならない。
 シロウが必要以上の感情を起こしそうになったら、即、否定してやる。
 ただ、肉体関係は、繋がる以前からしていることなので、と少し甘い選定をした。
 このくらい、許してくれと心の中で言い訳をして。
「士郎……」
 こぼれてしまった呼び声は、ひどく甘えたような声に思えた。
 気づかれてはだめだと思いながら、どこかで、わかってくれ、と思っている。
 こんな不毛な想いを抱くことを許してくれと、懺悔しながらシロウを抱きしめ、目を閉じた。


 部屋の明るさに目を開けると、腕の中にいたシロウがおらず、アーチャーはすぐさま頭を起こした。
 だが、すぐ傍に探そうとした者はいて、窓の外を眺めている。
 こちらから見えない顔は、どんな表情を浮かべているのだろうと思ったアーチャーは苦笑を浮かべる。
(表情など、今のこいつにはない……)
 身体を起こし、その横顔を垣間見る。
 ぎくり、とした。
(な……んだ……?)
 落ち着かなさに、アーチャーは腕を伸ばす。
「え? わ!」
 シロウを抱きすくめ、驚きに声を上げた口をキスで塞ぐ。
「ア、アー、チャー?」
 間近で呼ばれ、答えられず、そのままベッドに押し倒す。
「士郎」
「な、んだ?」
 それ以上、言葉が出てこない。
 縋るようにその身体を求めると、ためらいがちな手が背中を撫でる。
(なんだったのだ、今のは……)
 まだ、速度を上げた鼓動がおさまらない。
 垣間見たシロウの横顔は静逸で動きがなく、それでいて、シロウ自身が薄氷のように脆く、微かな風にさえ壊されてしまいそうだった。
(不安が拭えない……)
 アーチャーは、わけのわからない不安を拭いたくて、前の横顔を忘れたくて、逃れるようにシロウを求めた。

「遅くなったな」
「あんたが、ヤりだすから……」
 シロウの髪に口づけ、その髪の色を変えつつ、アーチャーは、仕方がない、と呟く。
「何が仕方がないんだか」
 呆れ口調のシロウの顎を取り、真っ直ぐに見つめてくる琥珀色の瞳に、アーチャーはやや動揺した。
「アーチャー?」
「ああ、目を瞑れ」
 素直に応じたシロウの瞼に口づけて、両目とも色を変えた。



***

 天気のいい休日でもあり、今日はかねてからの予定通り、居候も総出で衛宮邸の虫干しとなった。
作品名:BRING BACK LATER 1 作家名:さやけ