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BRING BACK LATER 2

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 腕の中のシロウはおとなしく、身動きをしない。
 だが、身体の強張りが解けていない。震えているわけでも、拒んでいるわけでもない。ただ、いつものように預けてこない、とアーチャーは気づいた。
(何が……)
 こいつに起こっているのか、と考えるものの、答えは出ない。
 もう平気だ、と言うシロウを無視し、アーチャーは抱きしめる腕を緩めない。
 アーチャーは不安に駆られていた。
 突然離れていったシロウに驚くのが精一杯で、気配を追っていたというのに見失って……。
 焦燥に駆られた。
 感じたことのない虚脱感に襲われそうで、頭痛を振り払うように、何度も頭を振った。早く見つけ出そうと焦り、冷たい汗をかき、シロウの気配を探し求めた。
(どうしてこいつは……)
 何も伝えてはこないのだろうかと、我々は少しずつ歩み寄っていたのではなかったのかと、突然差し伸べた自分の手を離してしまうシロウにやるせなくなる。
 桜舞う夜は、その美しさをひけらかすだけで、温かみもなく、ただ描かれただけの幻の世界に似ている。
 現実味のない世界。
 現実はこの腕の中にあるというのに、腕の中のシロウは自ら取りこぼされようとする。
 アーチャーが取りこぼしてきた多くの命、多くの想い、それと同じように、この手をすり抜け、シロウもまた、自身の後悔の一助となってしまうのか、と、不安が拭えない。
(お前も……)
 私の道を知っていながら、お前は自らそうなるのかと、八つ当たりめいた考えが湧く。
(私の手から、お前も……)
 シロウを抱きしめ、縋りつくようにその身体の温もりを感じていたかった。

 その日から、シロウはアーチャーを求めなくなった。
 セックスを拒むというのではない。
 だが、アーチャーに手を伸ばさない。抱きつくこともすがりつくこともしない。シーツを握りしめ、あるいは枕を掴み、アーチャーにただ、身体を開くだけ。
 無表情なシロウが泣いているような気がしてならない。言葉にも顔にも出さず、シロウは自分に気づかせないように泣いているのではないかと……。
(いや、涙など見えない……)
 泣いてなどいないということだろう、とアーチャーはやめることのできないシロウとのセックスに集中することにした。
 揺さぶられ、快感を内側から暴かれ、シロウはアーチャーとのセックスに溺れていく。苦しげに喘ぎながら、アーチャーとひとつになる悦びを取りこぼしながら、深い海の底に沈んだように、絶頂を味わっている。
 こんな虚しいセックスは知らない、とアーチャーはこぼしそうになり、飲み込んだ。
 自分を受け入れるシロウは、やはり繋がれたことに引きずられている。
 それにようやくこいつは気づいたのかとアーチャーは納得し、それでも自分を受け入れるのかと、切なさやら悔しさやら、絡みまくった感情が重く胸の内に圧し掛かる。
(なのに、お前は……)
 漆黒の薄れた瞳は、熱を持ってアーチャーを見つめる。
 そんな目で見るなと、勘違いしてしまうからと、目を逸らしたいのだが、それもできず、苦しさに、自嘲することしかできない。
 抱きしめても縋らない腕、口づけても受け入れるだけの舌、シロウは何も返してこない。
 表情は無く、言葉少なで、さらに多少の感情が見えたセックスにも、もうシロウは反応を示さなくなった。
 アーチャーにはわからない。
 何かしらの原因があるのか、それとも、こうなることは決まっていたのか、など……。
(私は、どうすれば……)
 お前の笑顔が見られるのか、と、途方に暮れる。
 あの、不器用な笑い顔も、一瞬だったが笑っていたあんな顔を、いつか見られるのだろうかと、展望はないままで、アーチャーはただ“繋がっている”というだけの安心感に縋っているしかなかった。



***

「え……?」
 凛の言葉が理解できなかったらしく、シロウはやや首を傾ける。
「魔術協会からの依頼でね、ちょっと厄介なことらしいのよ。だから、アーチャーを連れて行きたいの。これ、抑制剤。一日一錠飲めば効くわ。長引いた場合も考えて、ひと月分を用意してある。ただ、飲み忘れたら、わかるわよね?」
 凛の言っている意味を解し、シロウは素直に頷く。
「じゃ、予定は三週間ほどだから。おとなしく留守番してるのよ」
 シロウは頷くしかなかった。
 突然の話だった。
 昼に近い時間――士郎や凛はとっくに学校へ向かっただろう時間、予想外に居間にいた凛にシロウはそう告げられた。
 魔術師として仕事をするのは、凛が高校生であろうと関係がない。冬木の管理者を務める者としての義務と責任が彼女にはある。
 姿を見せなかったアーチャーは霊体で彼女についていったようだ。気配を感じてはいたが、シロウは姿を見ていない。
 手渡された抑制剤を一粒出して飲み込む。
 すでに頭痛ははじまっていた。
 目が覚めたときには部屋にアーチャーの姿はなかった。確かにシロウが目覚めたのは朝の早い衛宮邸ではずいぶん遅い時間帯だったから仕方がないと思っていたが、その時点でシロウは頭痛を発症していた。
「何も……言ってはくれない……」
 抑制剤を飲んだというのに、軽く吐き気がしていて、シロウは洋室に戻った。
 ベッドに横になって、耳が痛くなるほどの静けさに、アーチャーの気配が全くしないことに、居心地の悪さがさらに募ってくる。
「落ち着かない……」
 そわそわとして、ベッドから立ち上がり、部屋の中をうろつく。何かしていないとおかしくなりそうだった。
「な、何か……、ご飯でも、作ろう」
 台所に向かい、手当たり次第に食事を作りはじめる。
 セイバーが何事かと居間から台所を覗いた。
「シロウ? 何をしているのですか?」
「ご飯を、作っている」
 振り向くこともなく、シロウは黙々と食事の準備をしている。
「それにしては、量が多いような……?」
 セイバーがカウンターに置かれた、すでに出来上がったおかずを見ながら呟く。
「シロウ、あの……」
 黙々と手を動かすシロウは、何も反応しない。聞こえていないようだ。
 セイバーは仕方なく、出来上がったおかずにラップをかけながら、居間の座卓へと移動させる。
 カウンターには、すでに目一杯皿が置かれていた。カウンターが空くとまた皿が置かれ、次々とまたおかずが増えていく。
「シロウ……」
 セイバーは、凛にそっと見守ってほしいと言われた。
 だが、今はただ見守っていられるような気がしない。それでも、セイバーにはかける言葉が見つからない。
 アーチャーと繋がれているシロウは、その相方であるアーチャーに置いていかれたも同然の状態であり、シロウはここで山ほど食事を作っている。
 それが、なんらかのシロウの逃げ道なのだとセイバーにはわかった。おそらく、じっとしていられないのだろうと察せられる。
(どうして、置いていったのですか……)
 凛にも都合があるだろうということは重々わかっているが、セイバーはやはり納得がいかない。
 見守ってくれと、どうしようもない奴だからと凛は言っておきながら、シロウだけを残してアーチャーを連れ、遠くへ行ってしまう。
作品名:BRING BACK LATER 2 作家名:さやけ