BRING BACK LATER 2
(繋がれた当人たちがどういうことになるか凛は心配していたにも関わらず、シロウの方がおそらく、より深くアーチャーを必要としていると、わかっていながら……)
シロウが無理をしているようにしかセイバーには見えない。
抑制剤を凛から渡されたとシロウからは聞いているものの、セイバーが見たところ、調子がいいようには見えない。
だが、それでも、セイバーは何も言えず、出来上がる食事を居間に運び続けた。
「え……?」
「な、ん……」
士郎と桜が学校からともに帰宅し、居間に入ったところで、座卓にずらりと並んだ食事の数々に目を剥く。
「な……、こ、これ、ちょっ……」
勢い込んで台所に乗り込もうとした士郎をセイバーが止めた。
「セイバー?」
「すみません、シロウ。今は、何も言わず……」
台所に立つシロウに目を向け、士郎はセイバーに向き直り、
「あいつ、変なのか?」
「一見したところでは、問題なく見えますが、やはり……」
士郎も察した。
アーチャーがいないことで、シロウに何かしらの影響があるのだということを。
だが、一息にこんなにもおかずを作られてはたまらない。
何日分の食材を使ったのか、と士郎はため息を禁じ得ない。ただでさえエンゲル係数の高い衛宮邸では死活問題でもある事象だ。
「仕方ないかもしれないけど……」
士郎がやはり、やめさせようとしたのを、
「あ、あの、先輩、もう、せっかくなので、いただいちゃいましょう。残りは、冷凍したりして、保存できないものから食べればいいじゃないですか」
深刻なセイバーと、難しい顔の士郎に、桜が気を利かせてにっこりと笑う。
桜もアーチャーとシロウのことは理解しているし、シロウの少し尋常ではない状態のことも感じていた。
「アーチャーさんが居なくて、落ち着かないんですよね?」
こっそりと窺う桜に、士郎もセイバーも頷く。それを確認して、桜はささっと食卓につき、
「今日は楽をさせてもらっちゃいました。シロウさんにお礼を言わないとダメですね、先輩」
「あ、ああ、そ、そう、だな」
士郎は頷き、山となったおかずの数々をありがたくいただくことにした。
桜の機転で救われたな、と士郎とセイバーは顔を見合せた。
「お疲れ」
食材が底をつき、ようやく手を止めたシロウに、食器を片してきた士郎が声をかける。
「疲れていない」
ぼそり、と答えた声に、士郎は宙を見ながら軽く息を吐く。
「あのさ……」
「なんだ」
アーチャーと似ているようで少し違う声と言い回しに、士郎は元が同じでも違いが出るのかと、そんなことを思う。
「辛かったら、言えよ」
シロウは答えない。
「遠坂から聞いた。繋がれてる相手と離れるのは、辛いものなんだろ?」
「抑制剤を飲んだ」
台所の壁にもたれたシロウは、億劫そうに答える。
「それでも、調子がいいようには見えないぞ」
「放っておけばいい」
「面倒だけど、そうもいかないんだよ」
士郎の言葉に、シロウはようやく顔を向けた。
「お前のこと、ほっとけないって、俺も思っちまったからさ」
士郎を見つめ、見開かれる漆黒の瞳は、アーチャーの魔力で本来の色を隠されている。
その黒い瞳にはいつもアーチャーが映っていることを士郎は知っている。
士郎は同情するわけではない。エミヤシロウという同一の存在に同情などしない、と士郎は心に決めている。アーチャーにしても、この英霊らしからぬシロウにしても、自らの運命を歩んだ結果だ。それが当人たちが望もうと望まざると、そうなってしまったものは、もう誰にもどうすることもできない。
それでも、そこまで頑なに心を寄せないと思う存在でも、シロウには真っ当になってもらいたいと士郎は思う。
「お前のことは、放っておけないんだ」
繰り返される言葉にシロウは強さを感じた。
シロウを少し見上げる琥珀色の瞳は濁りなく、強い輝きを放っていた。
ああ、こいつも、とシロウは得心する。
いずれは“本物”になるとシロウにはわかる。自分とは違う、本物の英雄になるのだと予感がする。
「……お人好しだな」
シロウは呟いて、士郎からまた顔を背けた。
「お互い様だろ。エミヤシロウは、基本、お人好しの部類だ」
「自分で言って……、世話がないな……」
声になるかならないかの呟きに、士郎は小さく笑う。
「同感」
少しだけ吐き気がマシになった気がして、シロウは目を伏せて小さく息を吐いた。
***
凛がアーチャーと魔術協会の助っ人として遠方に向かっている間、どうにかシロウは頭痛と吐き気をやり過ごしていた。一日一錠を指定されて渡された抑制剤を三日目くらいから倍使って、なんとか凌いでいる。
「早く帰って来るといいですね」
縁側で、洗濯物を取りこんできたシロウを迎えたセイバーは、にっこりと笑う。
「あ、う、うん……」
いまだにセイバーへの苦手意識を克服できないシロウは、ぎこちなく頷く。
「シロウ、聖杯戦争は、あなたにとって、どんな意味合いを持ちましたか?」
いきなりな質問に、シロウは言葉を失う。
「あ、い、いえ、あの、言いたくなければ、言わなくていいのです。ただ少し、あなたと戦った私は、どんなだったのかと、気になりまして……」
セイバーの真摯なところは変わらない、とシロウはその純粋さと眩しさをやはり羨ましく思う。
縁側に腰を下ろし、洗濯物をたたむシロウは何も言わない。セイバーも無理に訊き出そうとは思っていない。ただ、シロウが話してくれるのを待つつもりでいる。
不意にシロウは空を見上げた。
空はまだ青い。季節が移り、日が長くなり、夜がだんだんと短くなっていく。
すぐ近くにセイバーがいる。
そんな日々を僅かに過ごした。
彼女と青い空を見上げたのは、ほんの少しだった。あの時――聖杯戦争の時、彼女はその身を削るようにして戦ってくれていた。
懐かしい記憶は、今も思い出すことができる。胸の苦しさを伴いながら。
だからシロウは思い出したくはない。何よりも生きた証のような日々。遠い過去の自身の道のり。嘘ではなかったはずの、あの、たった二週間ほどの日々……。
彼女と別れた光景が思い出される。
朝焼けの中、想いを伝えてくれた彼女は、笑顔をくれた。
叶うことのない想いを自分は彼女のように言葉にはできなかった。
消えてしまう瞬間を眩い光に邪魔され、見ることができなかった。
見ていたいと思ったのに、ずっと彼女を見ていたいと思っていたのに……、最後の最後で、見る勇気が出なかった。
眩しさのせいにして消える彼女を見なかったことを、シロウは時を重ねるほどに後悔した。あの瞬間は後悔がないと思ったというのに、“お前らしい”などと言って、消えてしまった彼女を見送ったつもりでいたというのに……。
最後にどんな顔をしていたのか、目を閉じた自分をどう思ったのか、シロウは苦い想いを幾度も飲み下して過ごした。
「……愛していると言ってくれたよ。それから俺も、好きだっだ」
「え……」
「もう、遠い遠い記憶みたいに色褪せてしまった。あの時の想いは、真実(ほんとう)だったと思うのに、今思い返しても、心はあの時のような熱を起こさない……」
「シロ…………」
作品名:BRING BACK LATER 2 作家名:さやけ