花、一輪
矢のごとく強い西日がテラスに射し込み、ルヴァの瞼の裏を照らした。その余りの眩さにほんの少し身じろいで、そうっと目を開ける。
ロッキングチェアーにすっかりもたれかかって寝入っていたらしく、体を起こすと肩と首に痛みが走った。
ふと彼女のほうを見上げればまだ穏やかな表情ですやすやと眠っていて、まつ毛が夕日の光を受けて長い影を落としている。
ルヴァは思い切り伸びをして固まりきった体をほぐし──色んな場所からペキパキと鳴り出す関節の音が日頃の運動不足を物語っている──それからアンジェリークを起こさぬようそろりと庭に出た。
よく手入れされた芝生の綺麗さに誘われ思わず靴を脱ぎ捨てて裸足で踏みしめていき、片隅でこんもりと咲き乱れているジャスミンに手を伸ばす。
ルヴァの長い指先が触れる度に嗅ぎ慣れた優しい香りが辺りに漂い、彼の手のひらにひとつふたつと摘まれていった。
芝生のひんやりと艶やかな質感を足裏に感じつつ彼はテラスを振り返り、美しさとあどけなさを併せ持った天使の寝顔を見つめた。
間近で見てもアンジェリークはやはり美しくて、ルヴァは暫くの間飽きもせず眺め続けていた。
(アンジェの”Loin tu es toujours dans mon coeur”に対して、もし私が同じ言語で返事をするとしたら……何と言えばいいのでしょうね)
そんなことをふと考えて、彼女の寝顔の前で困ったようにくすりと笑う。
これ以上の言葉で当てはまる表現がないと思い至り、アンジェリークの傍らにゆっくりと跪いた。
どうか目を覚まさないで、と祈りつつそっと唇を重ねた。ほんの少し触れただけの、もし怒られても事故と言い逃れられる程度の淡い淡い口づけに乗せてルヴァは囁く。
「Mon coeur est a toi pour toujours────」
私の心は永遠にあなたのもの────