花、一輪
アンジェリークの白い両手を包み込むと、彼女の顔に戸惑いが浮かぶ。
「だけど、わたしじゃルヴァを幸せにしてあげられないわ……」
「アンジェ。それってあなたが『一人で』勝手に出した結論であって、いわゆる話し合いではないですよ。ですからそういうのも含めてね、ちゃんと『二人で』考えていきましょう」
ね、と両手に少しだけ力を込めると、アンジェリークがすっかり根負けした様子で小さく頷いた。
「もう……頑固なんだからー……」
目に涙を溜めたアンジェリークを励まそうと、ルヴァはおどけた口調で話し出す。
「そうですねえ、私はあなたの言う通り頑固でえっちでしつこくて、あなたに捨てられたら恐らくのたれ死ぬ運命の、とても可哀想な独身ですよー」
大げさに肩を竦めて見せたところ「そこまで言ってないじゃない」とアンジェリークの頬が少しだけ膨れた。
「そんなのうそ。他の女の子がルヴァをほっとくわけないもの」
煌びやかな美形揃いの守護聖たちの中では埋もれてしまうにしても、世間一般では十分かっこいい人だし────と思っての発言だったが、ルヴァは途端に眉根を寄せた。
「んんん、なんて人聞きの悪いことを。まるで私が女性なら誰でもいいかのように言うなんてっ」
「そうは言ってないけど、若くて綺麗な子に迫られたら、ルヴァだって悪い気はしないでしょ?」
どうせならアンジェリークに迫られたいです────と心の中で呟いたが、彼女の後ろにあるベッドを意識しそうになり慌てて別のことを考えた。
「さあ……実際迫られた経験がないので想像もつきませんが、そういうのが心配なんでしたら証明して見せましょうか」
にっこりと微笑むルヴァに怯え、僅かに緊張した様子のアンジェリーク。
「しょ、証明って……?」
事あるごとに口づけてきたせいで身構えられてしまったが、それも致し方ないと嘆息して次の言葉を紡ぐ。
「明日からお店番します。客層は女性のほうが多そうですから、そこで私の態度を見て判断して下さい。そうしたら信じてくれますよね?」
ルヴァの中では「アンジェリーク」以外の女性は皆「その他」扱いだということを、彼女にしっかり理解させる必要があった。ちなみにアンジェリークに近付く男については皆、脳内の「害虫」フォルダへぶち込まれている。
「い、いいけど……商品の数、結構あるわよ? 問い合わせも多いし」
アンジェリークの言葉におや、という顔をしてから口角を上げた。
「望むところです。私を誰だとお思いですか、陛下」
新たに何かを学ぶことにかけてはルヴァの右に出られる者など早々いない。知識と知恵の守護聖だった彼の本領発揮である。
そんな余裕を感じさせるルヴァの笑みを、アンジェリークは眩しそうにじっと見つめてから口を開いた。
「そうだったわね、ごめんなさい。お店の金庫に台帳とか色々置いてあるから、オルヴァルに開けて貰ってね」
「そうですか、では今から行ってきましょう。ひとまず人気の品についての情報を頭に入れておかなくては」
いそいそと扉へ向かったルヴァだったが、ぴたりと足を止めすぐに踵を返してきた。
「アンジェ」
「どうしたの?」
「今日はたぶん夕食のお手伝いができませんけど、あの、今晩はお魚が食べたいです」
ルヴァからの本日二度目のリクエストが可愛く思えて、アンジェリークは頬が上がるのを抑え切れない。
「分かったわ。ムニエルでもいい? それとも塩焼きのほうがいい?」
「お魚なら何でもいいです。ではちょっと行ってきます」
照れ笑いを浮かべたまま、ルヴァは足早に玄関へと向かっていった。