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しょうきち
しょうきち
novelistID. 58099
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花、一輪

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 落ち着き払ってコーヒーを飲んでいるルヴァとは対照的にわたわたと慌て出したオルヴァルの百面相が面白くて、ルヴァはその放送事故後のような慌ただしい表情を眺めている。
 彼を混乱させる気満々で話を振ったのはさすがに意地が悪かったか、と少し反省した。守護聖になりたての頃は、民間人からこんな反応が返ってくると落ち込んでいたものだ。それをのんきに楽しめるくらいには図太くなって、年の功とやらもなかなか悪くない。
「あちらとこちらでは時間の流れが違っていましてね。私が守護聖の任を降りたのはつい先日ですので、先にこちらで過ごしていた彼女のほうが年上になった。それだけのことです」
「って……えっ、守護聖……? じゃ、じゃああの人は?」
 手元のカップを見つめるルヴァの目がほんの少し狭められた途端に、オルヴァルは得体の知れない威圧感に支配された。
 長年守護聖を務め上げてきた彼に自然と備わった威徳とも言うべきその感覚こそ、ルヴァの話が真実であることを否応にも裏付けてしまう。
「二百五十六代目の女王陛下ですよ」
「え……ええええええええええ! ぅあ、熱っ!」
 驚いた拍子に手に持っていたカップからコーヒーが零れ落ち、オルヴァルの叫びが響き渡った。
「おや大丈夫ですか? 珍しいことに庶民中の庶民出身ですが……その御世はとても刺激的で慈愛に満ちた、大変素晴らしいものでした。守護聖としてあの方をお支えする使命に与れたことは、私にとって一生の誇りであると言えるでしょう」
 慈しみに溢れたまなざしの上に、「あの方」と呼ぶ声音に、今度は深い尊敬が重なっていた。
 相手に愛と尊敬の念を抱えてしまったら、もはや己の手足をもがれたに等しい。白旗を掲げ降参するより他はないのだ。そんな恐ろしくも甘美な感情を植え付けられてしまったのかとオルヴァルが苦笑する。
 そしてそれだけ想われていたからこそ、アンジェリーク本人もまた次の恋へと踏み出せなかったのだろうと慮った。
「随分年が離れてるから、もしあなたが軽い気持ちだったらあばらの一、二本でもへし折って追い出してやろうって思ってたのに……残念ながら本気のようで」
 言いながらオルヴァルが横目でちらりと見た視線の先に、防犯用と思われる金属バットが置いてあった。まさかあれで殴るつもりだったのかと思ったルヴァが内心肝を冷やした。
「あなたはそんなことしないでしょう? アンジェが悲しんでしまいますから…………ん、ああ……そのほうが好都合ですねえ」
 言葉の途中で突然顎に手を当てて一人で納得したように頷いているルヴァへ、困惑気味の表情を浮かべるオルヴァル。
「は……?」
「あなたに証人になっていただければ、この難局を乗り越えていけると思いましてねー。そういうわけで折り入ってご相談したいのですが、そのー、明日からお店番をしたいんです」
 この店にいる間オルヴァルに自分の行いをしっかり見張って貰えれば、不安視しているアンジェリークへの説得力が増す。
「明日から? それはまた急な話で……こちらは別にいいですよ、アンジェリークはOKしてるんでしょ?」
「はいー。それでまずは売れ筋商品の特徴などを今夜の内に覚えておきたいんですよ。何故そんな話になったかについては、えーまた日を改めてお話します。今はあの、すぐ戻らなくてはいけなくて」
 懐中時計を確認してから何かを気にしたふうでどこかそわそわとしているルヴァ。先程感じた一瞬の威圧感が嘘のようだ。
「ん? もしかしてアンジェリークを怒らせちゃってるんですか?」
 オルヴァルのからかい混じりの声に、ほんの少し照れ臭そうなそぶりで頬を掻いてゆるゆると口角を上げる。
「いえ、そうではないんですけどね。アンジェがもう夕飯の支度を始めているでしょうから」
 手伝いたいのか、待たせてはいけないと思っているのか────どちらにしてもルヴァから彼女の側にいたい雰囲気だけはしっかり伝わってきて、ご馳走様と言いたくなってしまう。
「ああ……ちょっとオレの話が込み入ってしまいましたからね、すみません。こっちです」
 そうして書庫の片隅に案内された。オルヴァルが本棚の一番下から何冊かの本を引っ張り出すと、その奥に金庫が見える。
「んーと……オレもあの人も大雑把なんで、あんまり期待はしないで下さいね。これがここ三年分の仕入先台帳と、伝票類」
 どさりと一気に手渡された一式に目を落としつつ、ルヴァは素朴な疑問を口にした。
「こういう書類も全て金庫へ?」
「ええ、いちいちしまうの面倒なんですけど……前に排水管の故障で全部水浸しになって大変だったもんで、二度と仕入れ先に迷惑をかけないようにって、あの人が耐火防水の金庫を用意したんです」
 耳に届いた言葉は、台帳を胸に抱えたルヴァをたちまち在りし日の記憶へと誘っていく。

 アンジェリークが女王になって間もない頃、悪気は全くないものの歴代の女王とは比較にならないレベルで突飛な行動の目立った彼女へ、何でも思い付きで行動するものじゃないと根気強く諭していたのは補佐官のロザリアだ。
 女王になるためにと厳しく教育されてきた親友の言葉はかなり重く響いていたようで、度々ルヴァの執務室へとやってきてはしょげ返った様子で泣いていた。

「ルヴァ様、わたしやっぱり向いてないと思うんです。今からでもロザリアに女王になって貰うってできないんでしょうか……いつもこんなに迷惑ばかりかけてしまって……」
 普段は雪さながらの白肌なのに、こんな日は目の周囲だけが赤く腫れ上がっていた。
「大丈夫ですよ、陛下……陛下はいつも立派に星々を導いていらっしゃいます。ロザリアはただ心配しているだけなんですよ、警備上の問題もありますから……今は監視されているようで窮屈でしょうが、何か行動を起こす際には一呼吸おいてからが鉄則です」
 豪奢な衣装には不釣り合いなほどに自信を無くし落ち込んでいる姿が痛ましかった。
 咳上げながら静かに震える背を思い切り引き寄せて、その髪に口づけて、思う存分あなたの名を呼びたかった。アンジェリークが笑みを取り戻すまで、何度でも。
 いまだに敬称呼びが抜けない件へ突っ込む気にもなれない。ジュリアスならば職務と割り切って言えるのだろうが、今でも彼女の名を呼びたくて堪らない自分では説得力に欠けるに違いない────

 僅かな回想から意識を手元に戻し、ルヴァは呟く。
「……本当に、成長したものですねぇ」
 結果的に的確だったとはいえ直感が優先され、割と行き当たりばったりだった彼女が現在こうしてしっかりと自分の道を歩んでいるのが嬉しい半面、もう自分が手助けできる余地はなさそうで、そこの部分だけはどうしようもなく寂しくなった。
 彼女にとってのあの頃の記憶は、もはや遠い昔の淡く霞んだ記憶に過ぎないのではないだろうか────ふとそんな考えが脳内をよぎり、賑わいを見せた祭りが終わった後の静寂のような気持ちが胸に満ちた。
 金庫を閉めて本を元通りにしたオルヴァルが立ち上がり、どうやら聞こえていなかったらしいルヴァの言葉を確認する。
「何か言いました?」
 はっと顔を上げて笑みを作った。
「あ……いえ、何でもないんです。ではお借りしていきますね」
作品名:花、一輪 作家名:しょうきち