花、一輪
ルヴァの独白めいた言葉に含まれた喜びと哀しみを守護聖たちはめいめいに受け止め、ある者は彼の背をさすり、ある者は優しく肩を叩いて励まし、ある者は静かに涙を浮かべた。
埋葬地に辿りついた一同は少し驚いた様子で見渡し、ゼフェルが真っ先に口を開いた。
「あいつのことだから、なんかこー……もうちょっとパーッと見晴らしのいいとこだと思ってたのによー」
アンジェリークの性格を知るオルヴァルが頷いて、苦笑気味に説明する。
「正真正銘、アンジェリークの希望ですよ。絶対ここだって生前から言ってたし、遺言書にも念を押して書いてありました」
オリヴィエが片眉を上げて口の端で呆れたように笑っている。
「なんかココってさ、どっかの誰かさんが好きそうな場所じゃなーい?」
言葉でそう言いつつ、しっかりとルヴァを指差していた。
オリヴィエに言われるのも無理はない。何しろここは近隣にある複数の埋葬墓地の中では唯一、考古遺跡群の敷地内なのだから。
そして自宅からは一番距離が近く、サンノヘイユに行くよりも短時間で来られる────それが誰のためかは言うまでもない。
ルヴァは少しだけ口元を緩ませて、この場所の説明をし始める。
「すぐ横にはアヴィネイ古王朝時代の墓地遺跡があるんですがね、この辺り一帯も現代の墓地として利用されているんです」
墓地と一口に言ってもあちらこちらに東屋がある緑豊かな場所だ。墓地から見える遺跡群とともに、付近を流れる川のせせらぎや小鳥の囀りが訪れる者の哀しみを癒していく。
ぐるりと周囲を眺め回したマルセルが感嘆の声を上げた。
「凄く綺麗なところですね、ルヴァ様! お墓ってもっと怖い気がしてたけど、こんなに綺麗なところもあるなんて」
うんうんと頷いたランディが呟く。
「本当だな、全然墓地って感じがしないや」
一同に降り注ぐ太陽の熱を冷ますように、さあっと風が吹き渡った。その風を手櫛で髪に通し、クラヴィスが目を細めて僅かに笑んだ。
「命の始まりと終わりを見続けたアンジェリークらしい選択だな、ルヴァ?」
彼女が宇宙を支えている間に幾度も遭遇した、星の終焉────手を尽くしても抗いきれぬ運命に、それでもと延命を図り続けた慈愛の女王。
守護聖が直々に足を運んだところで救えた命もあれば救えなかった命もあったことは、この場にいる守護聖は皆身に染みている。
クラヴィスの言葉にルヴァは笑顔でひとつ頷いて、彼女の墓石の向こうにある遺跡群に見入った。
アンジェリークがこの場所を選んだのはかなり前のことだったと、オルヴァルから聞いている。
自分が考古学が好きだからという理由だけではない、とルヴァは思いを巡らせた。
愛する人々を残して逝く者、残された者……別れは悲しいけれど、最期はどこの誰にも必ず訪れる。それでも残された者たちの悲しみがせめて和らぐように、遥か昔から人々が生きてきたという証、遺跡を見渡せるこの場所に決めたのではと思えてならない。
人は生きて「いた」のではなく、生きて「きた」のだ、大きな潮流の中でひとつひとつの命を繋ぎながら。
彼女の想いの片鱗に辿りついた気がして感慨に打たれ、じんと胸が熱くなった。
これ程にも深く、自分はアンジェリークに愛されている。今もこれからもずっと。
「……Loin tu es toujours dans mon coeur……」
遠くにいても、あなたはいつも私の心の中にいる────昔アンジェリークが伝えてくれたメッセージが、思わず零れ出た。
太陽は既に真上に差し掛かり、昼時だというのに辺りは無人の森の湖のような静けさだ。
墓石の周囲は広く芝生になっていて、足元に小さな花たちが可憐な顔を覗かせている。
ランディとオスカーが抱えていた荷物の中からピクニックマットを広げ始めた。それを合図にマルセルとリュミエールが手分けして手籠から食べ物や茶器一式を並べ出している。
ルヴァの背にとんと刺激が走り、振り返る間もなく肩が重くなった。鼻先を掠める香水の香りで振り返らずとも分かる、オリヴィエだ。
ルヴァの肩を肘掛け代わりにして口の端を上げている。
「なーにボケっと突っ立ってんの、ルヴァ。ほら座って、とっておきの秘蔵ワインもあるんだから」
上機嫌な様子にマルセルが抗議の言葉を返す。
「あるんだから……って、それはカティス様のワインで、ぼくを騙して持って行ったんじゃないですかー!」
間に挟まり乾いた笑いを浮かべたルヴァをよそに、オリヴィエも負けずに言い返す。
「騙しただなんて人聞き悪いね! あれはこの日のために眠ってたんだよ、私たちが責任を持って飲んであげないと可哀想じゃないか!」
幾度か聞いたような台詞だと思いながら、今はこの和やかな雰囲気がルヴァには酷く懐かしい。
オリヴィエが早速ソムリエナイフを手にしたのを目撃したマルセルが、慌ててワインの瓶を後ろ手に隠す。
「オリヴィエ様、最初だけは絶対アンジェリークに上げて下さいね。次はルヴァ様ですよ、オリヴィエ様が飲むのはそれからですよ!」
彼女と候補時代から仲の良かった守護聖たちは、プライベートな場面では変わらず名前で呼び続けた。できる限り自分が自分であることを忘れたくないのだと戴冠式の後に告げられたことを、皆覚えているようだった。
「分かってるって。トーゼンじゃない」
横でやりとりを聞いていたランディとゼフェルからすかさず呟きが漏れる。
「本当かなあ……」
「いまいち信用できねーよな」
直後に呟きの発生源へぎろりと向けられる視線。
「あんたたち、今なんか言った? さぁああ私の目を見てもう一度言ってご覧、ほら」
そんな会話にロザリアが堪えきれずにくすくすと笑って、ルヴァの隣へやって来た。
「相変わらずね」
彼女もまた懐かしそうに目を細めている。
「ええ……本当に。なんだかまだ聖地にいるような錯覚を起こしてしまいますよ。それにしても、何だか準備がいいように思うんですが」
まるで予め決めてあったかのような用意周到ぶりを、ルヴァは不思議そうに眺めた。
ロザリアの目がにっこりと弧を描く。
「以前あの子が言ってたんですのよ、埋葬されたらここで宴会をしてほしいと」
「アンジェリークが、そんなことを?」
初めて聞く内容に目を丸くしたが、彼女の性格を考えるとそう意外でもなかった。
一通りのセッティングもすぐに終わり、茶会としては豪華な、食事会と呼ぶにはささやかな宴が始まる。
マルセルの館から持ち出されたカティスのワインは、マルセルの願い通りにまずアンジェリークの墓石に供えられ、ルヴァは乾杯の音頭を取らされた上に散々飲まされそうになり、初めの一杯以降は堂々とオルヴァルに横流しされた。
「折角ですからオルヴァル、飲んでみませんか。あなたワインお好きでしたよねー?」
ぽんとグラスを手渡してきたルヴァが目で訴えていたため、オルヴァルとしてはそれに乗っかるしかなかった。
「へー、聖地ってワインの醸造もできるんだ、凄いですね……どれどれ」
守護聖たちの会話から貴重なワインであると察したオルヴァルは、色や香りを確かめてからゆっくりと口に含む。