花、一輪
「……何の葡萄使ってるんだろう、フォッセルノ星系産のものに少し似てるか……? いや、マドゥーロ種かも……んー」
ぶつぶつと呟きながらもオルヴァルは口の中にじんわりと沸き起こってくる静かな感動を表現しようと視線を上げ、どんな感想が来るのかと待ち構えている守護聖たちを穏やかに見回して淡く微笑む。
「いい造り手ですね。正直で明るいボディなのに繊細さもあって……香りは独特ですが腐葉土の積もる豊かな森のような、とても芳醇なノートが癖になります。これは美味しい」
その言葉にジュリアスとルヴァが優しい笑みを浮かべた。
「今の言葉をカティスが聞いたら喜んだであろうな」
「そうですねえ……話が終わらなくなりそうではありますが」
くるくるとグラスを回してアルコールが作り出す波模様を眺めながら、オルヴァルは素朴な疑問を口にした。
「このワインを造った方は、ルヴァさんみたいにもう退任されてるんですか?」
それへはマルセルが答えを返す。
「はい、ぼくの前任者なんです」
「へえ、じゃああなたもワインの醸造を?」
その質問に慌てて首を横に振るマルセル。
「あ、いえ。ぼくはせいぜい花壇をいじるくらいで、全然です。葡萄の栽培をやってみないかって言われてはいたんですけど、難しそうだったから」
今の彼の年齢で守護聖になっていたら、もしかするとカティスの経験を引き継いでワイン醸造をしていたかも知れない、とふと思うルヴァ。
オルヴァルはそんなマルセルの話に、ふうんといつもの調子で相づちを打って口角を上げた。
「それなら、今から挑んでみたらどうですか? あなた方のお話を伺ってると、その方はどうやら慕われていたようですし……思い出の中にしまうのも悪くないけど、あなたに素質があったからお誘いしたんでしょうから、才能を埋もれさせておくのは勿体ないですよ」
年の功と言うこともあるが基本的に物怖じしないオルヴァルの言葉は、一瞬にしてその場を静かにさせた。
吐息でふ、と笑ったクラヴィスがぽつりと呟く。
「なるほど、確かに身内のようだ……」
再び守護聖の間で一斉に笑いが起きて、オルヴァルがきょとんとした顔になっている。
笑いの波が柔らかく引いていくと、マルセルがバスケットの片隅からそっと小さな花束を取り出して、墓石に乗せた。
「アンジェリーク、どこかで見ててくれるかな……リュミエール様とお花を出し合って作ってきたんだよ」
ナスタチウムの鮮やかなオレンジ色の花と可愛らしい丸い葉にオルレアとカモミールの白い花、ミニバラ、マトリカリア、フェンネルの葉などが品良く纏められた花束にルヴァは目を留めた。
「ありがとう、二人とも……あの、あとで持ち帰ってもいいですか? アンジェが気に入っていた花瓶に活けてあげたいんです」
このまま置いて帰るのが通常だが、放置して枯らすには惜しい出来映えだった。家のあちこちに花を活けていたアンジェリークならば、自宅に飾り手入れすることを許してくれるはずだ。
そんなことを考えていたルヴァの表情がようやく見知った落ち着きを取り戻していたため、リュミエールは安堵の笑みを浮かべた。
「そのようにして頂けましたら、摘まれた花たちも長く保ちますね、マルセル」
「そうですね、できるだけ長く保たせてあげて下さい」