花、一輪
やがて日が傾き始め、宴はお開きとなった。
皆口々に別れを惜しみながらロザリアが手配していた馬車に乗り込んでいく。
ルヴァとオルヴァルはその馬車が見えなくなるまでその場で見送った。
手の中で仄かに香る花束に視線を落とし、ルヴァはおもむろに口を開いた。
「……オルヴァル」
何かを決意したルヴァの真剣なまなざしを、オルヴァルは意地の悪い笑みで茶化して見せた。
「どうしました、聖地に帰りたくなりましたか?」
「あーいえ、そうじゃなくて。……そろそろ、遺品の整理をね、しなきゃいけないなと」
「そうして下さい、でないとあの人が立ち往生しちゃうから」
話の筋が見えないルヴァは首を傾げたものの、オルヴァルは無言で手を振り店へと戻っていった。
帰宅後、ルヴァは左手の薬指に填まっている指輪へと口づける。これはあの人と自分とを繋ぐものの内の一つだ。
唇を指輪に押し当てたまま目を閉じて深呼吸を繰り返し、それからようやく生前に託された小箱を開けた。
箱の中にはシトリンのネックレス二つと揃いのピアス、そしてゼフェルが改造したスタンプ追尾ペンが入っていた。
彼女はこのペンをとにかく使い惜しみ、ルヴァへ向けてメモを残すときなどに少しずつ大切に使っていた。ここまでよく壊れもせずに残っているものだと思う。
三人を模したぬいぐるみは既にアンジェリークの棺に入れていた。一人きりで待たせている間、今度も寂しくならないように。
それらを取り出すと底に封筒があり、それがアンジェリークからの最後の手紙だと思うと余計に切なくなってしまう。
だが中にはまたしてもミニチュアブックだけが入れられていた────いつかと同じ表題の、小さな本が。
執務机の引き出しにあったものよりは少し大きい、縦四センチほどの頁をゆっくり開くと細かな文字が目に堪えた。
(これは老眼には結構辛いですねえ……)
長い間わたしと一緒にいてくれてありがとう。とっても幸せでした。
今度はわたしの行先が分かるように目印を置いていきたいので、週に一度でも月に一度でもいいから、一輪だけお花を下さい。
あなたからたくさんお土産話が聞ける日を楽しみに待っているわ。
親愛なるルヴァへ、あなたのアンジェリークより。
アンジェリークから預かった宝物をそうっと抱き締めて、ルヴァは独りごちる。
「あなたはいつだって、少し先を行っては私を呼びますね……。これを届けに行く日までもう少しだけ待ってて下さいね、アンジェ」
追いかけてきて欲しかったのかも知れない、とかつて自信なさげに言っていたアンジェリーク。
今度は堂々と追って欲しい旨が書き記されていて、その文字を幾度も流し見ては喜びにゆるゆると頬を上げた。
「でもね、この豆本はあなたに返しませんよ。これだけは私のものですから────」
その後ルヴァは庭に咲いた季節の花を手に携えて、墓地と家とをせっせと往復した。
晩年のアンジェリークに頼み込まれて植えた花は通年いずれかが咲くように計算されていて、持参する花が足りない日はなかった。全てはこのためだったと理解したのは、季節が一周巡った頃だ。
週に一度で訪れるペースはそれから更に三年ほど続いた。