69 エデンの庭
「おばあさまが?…そんなことがあったのですか?」
ユリウスが目を真ん丸に見開いて彼女の若かりし頃のロマンスに耳を傾ける。
「ええ。もう何十年も昔の話です。正直…生まれた時から決められていた許婚に…それまでは特段なんの感慨も持っていなかったのですが、ああして彼がわたくしの許をわざわざ訪ねてきてくれて、抱きしめて、プロポーズをしてくれて…。その瞬間に私の中で現実感のなかった彼と言う存在、結婚という存在が一気に現実のものとなってわたくしの前に鮮やかな色合いをもって出現したのです。あぁ、この人に一生添い遂げて行こう。この人に愛されて、この人を愛して幸せになろう…っと心からそう思ったのです」
― だからね、落ち込んでるあなたの話をアレクセイから聞いて…私は居ても立ってもいられなくなって、あなたに今どうしても会って話さなくては…と思って、アレクセイをせっついて、こうしてやって来たのですよ。あなたのその頭、とても素敵ですよ。それに…あなたが運命の神様にあの美しい金の髪を惜しげもなく差し出したからこそ…私は運命の女神があなたに微笑んだのだと思いますよ。まあ、何はともあれ、あなたが、前のような闊達さを取り戻していたようなので、本当に良かった。生き生きとしたあなたの顔を見られて…本当に安心しましたよ。…さて、お邪魔しましたね。私は邸へ戻ります」
―身体を労わって、お産に備えなさいね。また、今度は生まれたひ孫の顔を見に来ますよ。
ヴァシリーサはそう言って立ち上がると、孫嫁の大きなお腹をそっと撫で両の頬にキスをすると、ひ孫に背負われ、通りに下りて、辻馬車を拾い、屋敷へと戻って行った。
作品名:69 エデンの庭 作家名:orangelatte